★イスミスズカケの花咲く 

イスミスズカケ
     「いすみ環境と文化のさとセンター」で撮影

世界中にただ一か所、いすみの里山にたった100株しか生存していないので文句なしに絶滅危惧IB類に指定されました。
まったく存在が知られていなかった品種で、茂原在住の野口昭造さんがいすみ市でのフィールドワークで2009年に発見したものです。
徳島県のスズカケソウに似ているがちょっと違う。それで千葉県立中央博物館で詳しく鑑定した結果、新種として国際登録され、Veronicastrum noguchi ベロニカストラム ノグチ という学名が付きました。
学名には発見者の名前をつけて敬意を表すことになっています。和名は地域名をとってイスミスズカケになりました。

自然を守る会の大藪会長が 「いすみは日本のガラパゴスだ」 と言っていましたが、絶滅危惧種のニホンアカガエルなんかウジャウジャいて、ちっとも貴重に思えない地域です。
この地域はまだ何か動植物の新種が人知れず生き残っているかもしれませんね。
ただ、イスミスズカケは大変貴重なので自生地は秘密になっています。

センターでは種の保存をはかるために挿し木で増殖を試み、今年、花を咲かせました。
プランター栽培というのがちょっと情けないがしょうがない。
発見者の野口先生に昨年お会いした時に現物を見せていただきました。
その時はややしなびていたので、生きの良いのを見たいと思ってセンターに行って画像を撮ってきました。
1本の茎に順番に紫色のポンポンのような花を咲かせています。美しいから貴重種というわけではないのですが、美しいと貴重種として保護したいと思いますね。

このような貴重種は一般人が採集し、栽培することは禁止されています。
先だって、いすみのミヤコタナゴという貴重な淡水魚を飼育していた人が捕まりました。
現地保全の原則に反し、しかも譲り受けた時に金銭の授受があったようです。
でも種の保全とはいえ、一般人がかかわることを全面禁止するのはどうかな、と思います。

神奈川県の境川水系のメダカが自然環境悪化で絶滅しました。
ところがその後、近くの民家の大きな池の中で生き残っているのが確認されました。
ずいぶん前に川で採集して池に放したそうです。
その家の人は 『種の保存法』 違反で処罰されたのでしょうか、それとも種の保存に貢献したとして表彰されたのでしょうか。

種の保存、貴重種の保護育成は専門家以外は一切禁止という現行法は気に入りません。
イスミスズカケも、地域の人々に苗を分けて積極的に栽培育成を依頼すればいっそう市民に親しまれ、市民の誇りになるのにね。


 
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★上総広常の館跡(2)上総一ノ宮・高藤(タカトウ)城

石碑
  幕末の一宮藩主・加納久徴(ヒサアキラ)が広常の功績をたたえて石碑を建てた

上総介(カズサノスケ)とは上総国の次官(副知事相当)を意味しますが、上総国は親王任国といい、皇族が上総守(知事相当)になる慣習で、しかも現地には赴任しません。だから、上総介が実質的な長官でした。

平安末期、その長官は中央(平家一門)から派遣され、国衙(コクガ=現市川市)に駐在し、名目的には上総国全体に支配権がありましたが、中央から派遣された天下りのため、在地の有力豪族が権介(ゴンノスケ=副知事助役)となって補助しておりました。

現地の事情にうとく中央目線の上総介よりも、地元代表の権介の方が地元優先の現実主義で発言力が強くなるのは当然です。
広常は父子四代(常家-常明-常隆-広常)にわたり上総権介を務めた名門で、初代常家の居城について古文書は 「上総国長柄郡一宮柳沢城」 と記してあります。
一宮には広常の城と目される高藤城がある。だからこの高藤城が柳沢城であると一宮町では推定しています。

JR上総一ノ宮駅から南西に直線で 2 kmほどの山間部にある山城です。
荒れた城址を整備して記念碑を建てた加納久徴でしたが、戦後はまた荒廃し、それをまた整備しなおして今日に至ります。
付近にいくつか農業用溜池があるのは、掘割の名残と見ることができます。
城の北・東・南は切り立った崖になっており、現在の上り口は下記地図のとおり城の東です。
当時はおそらく裏門に相当し、頂上までは近いのに急坂なので登るのに疲れます。敵が容易に攻め込めない工夫でしょう。
あるいは石碑を建てるために断崖を切り崩して加納久徴が新たに作った道かもしれません。
途中からはまるで山道。ハイキングのつもりで登る必要があります。

山頂は尾根筋にそって平坦にならされ、土塁に囲まれた曲輪(クルワ)や平場、堀切などがいくつか区分され様子が確認できます。
登り切った場所が主郭と思われ、加納久徴が建てた画像の顕彰碑があります。
漢文で約800文字。とても読みきれるものではありません。

隣接する北部分の平地からは遠く一宮の街並みとはるかに太平洋が見渡せるそうですが、当日は曇りで近くの山以外は見通しがありませんでした。

城の正門=大手門に相当するのは城の西側、妙勝寺の地域と推定されていますが、そこに至る道はありません。
というのも現在の行政区分からは城域の西半分・妙勝寺、正門付近は睦沢町、頂上からの東半分は一宮町に二分されており、城域の全容は一括管理されておりません。
大手門からは騎馬で頂上の館まで通えたそうですが、今は荒廃した山林・荒れ地なので徒歩でもまず不可能です。

ここに城があったことは付近の字地名から推測されます。
刀工隊谷、箭谷、立旗阪、馬鐙、火長、松皀隷、番細工、鍛治給、売場、軍抜台、御堂谷など。
読み方が分からなくとも気にしないでください。

しかも単なる山城ではなかったことは伊南君、和泉君という地名があり、伊南の豪族、和泉の豪族の屋敷があったことがうかがわれ、西側平坦部には広常直属の武士の館があったと伝えられています。
つまり上総権介としてのミニ行政庁舎の機能を併せ持っていたと推測されています。

一宮の人々は広常のファンが多く、この高藤城こそ上総権介家累代の柳沢城であると信じて疑わず、広常は2万の軍勢を引き連れてここの館から出発して頼朝に合流したと誇りに思っています。

しかし高藤山に広常館が確かに存在していたとしても、それが上総氏の居城・柳沢城だという証明にはなっていません。
高藤城は柳沢城の別名だとさらりと語られると、ちょっとなぁと思ってしまいます。

また、あまりに狭い山間地にあることも気になります。
小さいながらも都の機能を持っていたとなると、もう少し広い平野部が欲しい気がします。
威風堂々(イフウドウドウ)の大軍勢を出発させるには狭すぎる気がしてなりません。





 

★蝶を呼ぶバタフライブッシュ 

ブウドレア
   ブッドレアは多くの蝶が好むのでバタフライブッシュの別名がある

こちらに来て庭に木を植えるとき、この木は蝶を呼ぶために植えたいと選んだ1本です。
買った時は30cmほどの苗だったのに大きく育ち2mほどになりました。
ボサボサになりますから秋に強剪定して、巨大化しないようにしています。

今年はあまり花付きがあまりよくありません。
いつもはトラノオのようにモッタリとした花穂になるのですが…。
それでも毎日、いろいろな蝶がやってきます。
花穂の量が多く、それぞれの小花がずらりと並んでいるので吸蜜しやすいようです。
また良い香りが蝶を引き付けるのでしょう。

さて蝶の数え方をご存知ですか。
一頭、二頭です。
わたしは小学生の頃、蝶の採集をしており、お年玉を貯めて保育社の蝶類図鑑を買いました。
学校図書館にあるような立派な本です。
で、当時から蝶の数え方は正式には「頭」であると知っていました。
小学生なのにプロの仲間入りしたような自慢げな記憶があります。
そのような小生意気な子どもって時々いますね。

最近、少々疑問に思っています。
数助詞は日本独特と思っている人が多いようですが中国語由来で韓国語にもあります。
中学で英語には数助詞がないと習ったのですが、それはアヤシイと思うのにそう時間はかかりませんでした。
   A cup of coffee とか a glass of water の言い方は数助詞に近いものです。
   豆腐一丁は a cake of tofu だそうです。

蝶の場合、one head, two head と数えたので明治時代の昆虫学者が一頭、二頭と直訳したのが始まりだとされています。
つまり日本の伝統的な数え方ではなく、外国かぶれの昆虫学者が言い始めたようです。
日本では普通は 「匹」 か 「羽」 で数えるので、それで良いと思うようになりました。

年齢の場合、「1歳年上」 ということを 「1つ上」 ということは従来からありました。
最近は 「1こ上」 というので驚きます。
数助詞がだんだん簡略化されるのは時代の流れで、
蝶は一頭、二頭と数えるのだと主張するのは大人げない気がしてきました。


 

★レモンバーベナ収穫 

バーベナ
        風呂場はレモンの香りに包まれる

梅雨の季節に第一回の収穫を行います。
梅雨の合間を見て畑に行きましたが、結局降られてしまいました。

あっという間に黒雲が空に広がり、閃光と轟音が続き、停電となりました。
停電は今年2回目。
その頃、三鷹じゃヒョウが降り続いて被害が出ました。見たことも聞いたこともない局地的な集中豪雨のようなヒョウでした。

収穫したレモンバーベナを水洗いして画像のように仮干しします。
そのためバスルームには突っ張り棒タイプの物干しを設置しています。
水が滴らなくなったら乾燥室に移して乾燥させます。
乾燥室って実は車のことで、車にも突っ張り棒がセットしてあり、乾燥している間、車内はレモンの香りに包まれます。
日差しがあると車内は殺人的な暑さになりますね。それを利用して乾燥させるのです。
不自然な人工香料と違い、心地よい香りです。

W杯、残念でした。
全力を尽くしたのだから良しとしなければなりません。
コロンビアが得点した場面はどれも教科書的なパス回しで、そういうことができることが実力の差なのでしょう。
国民がサッカーで夢中になっている間に、集団的自衛権に自公が合意しました。
今後、閣議決定に進むことになります。

麻生氏が、「ナチスを見習え」 と言った通りになりそうです。
ワイマール憲法を一言も改正せずにナチスが政権を取って戦争に突き進みました。
国際紛争解決の手段として武力は使わない--この憲法を有名無実にしたうえで、9 条改正に進む段取りがはっきりと見えてきました。


  

★アーティチョークの開花

アーティーチョーク
  巨大なアザミの花。茎の先端にいくつもソフトボール大の花をつける。

高さが2m近くなるので、いくら丈夫な茎でも強風にあうと倒れ込むので支柱が必要です。
その支柱も棒杭を使用しないと効果がありません。

まだ花が咲く前のツボミをゆでて食べます。
どうせ家庭菜園で野菜を作るなら、どこにも売っていない野菜を作ろうと苗を植えたのが7~8年前。
秋には枯れますが、冬は新芽で越冬します。根が深そうなので植え替えもせず、毎年同じ場所ですくすく育っています。
調理がヘタなせいか、オイシイ、オイシイとは思わず、収穫もしないで放置しておくと画像のような素晴らしい花が咲きます。
江戸時代に日本に輸入されましたが、野菜としては普及せず、観賞用だったそうです。

最近は、アーティチョーク、と検索をかければいくつもヒットするようになりました。
いすみ市でも産直店で売っていたのでびっくりしました。
需要があるのでしょうね。
なじみがない野菜で、しかも調理が面倒なので普及するには時間がかかるでしょう。
簡単でおいしい調理法を教えてください。

****
       ―――明智光秀の謀反―――

NHK軍師官兵衛は本能寺が近づいたたようです。
光秀の小朝はミスキャスト。信長に恐れをいだいた光秀が朝廷にそそのかされて謀反に至るという筋書きのようです。
10年ほど前までは侮辱された光秀が逆切れして謀反に至ったとの説が主流でしたが、この間、黒幕朝廷説、キリシタン説、秀吉説など様々でどれも良く調べられていておもしろい。
最近読んだ本では 『本能寺の変 431年目の真実』 がおもしろかった。

著者の明智憲三郎氏は光秀の子孫だそうで、当時の資料を綿密に調べ、驚愕の結論を導き出しました。
本能寺にほぼ無防備で信長がいたのは家康を安心させておびき寄せ、そこを光秀に襲撃させる、つまり信長による家康暗殺計画であった。その計画を一日前倒しして光秀が信長を打ったというものです。
光秀の信長暗殺計画は事前に家康も秀吉も概要を知らされており、光秀・秀吉・家康の共同謀議みたいなもので、それを利用して家康は関東の信長領を侵略し、秀吉は大返しを事前計画して光秀を打って天下を取る。しかし共同謀議であったことを光秀一人を悪者にすることで二人は口を拭った―――というものです。
なぜ信長から秘事を託された光秀が主を裏切ったかは本書を読んでもらうことにしましょう。
明智憲三郎氏によれ、光秀悪人説を広めたのは秀吉で、秀吉は世間で言われるほど信長の絶対的信者ではなかったそうです。

荒木村重の二の舞になることを恐れて朝廷と結んで謀反、というNHKの脚本はありきたりで退屈。秀吉を善人に描く手法もその演技もワンパターン。
信長の朝鮮・中国侵略の野望の描き方も中途半端でした。

ドラマですから従来の常識を打ち破る大胆な描き方があっても良いのにね。
かつて山岡荘八が『徳川家康』で従来の“タヌキ親父”説を180度ひっくり返して経営者の見本に仕立て上げた手法は見事でした。
「軍師官兵衛」の視聴率が低いのは脚本と演出のせいです。
今後の展開を期待して、毎回がっかりするのですが…。


 

★ユスラウメのシロップ&ジャム

砂糖漬けジャム
        砂糖漬け                シロップとジャム

6月のはじめ、庭のユスラウメを同量の氷砂糖で漬けました。
汁がジワーッと上がってきた頃がつまんで食べるには一番おいしいと思います。

そのまま放置しておいたら汁がどこから出てくるのかと思うほど出てきて、実の方はエキスが吸い出されて心許ない。
やや発酵気味なのであわてて加熱処理をしました。

まず液体と実とに分け、液体の方は軽く沸騰させてから瓶詰保管。
これはユスラウメシロップとして夏の清涼飲料水の素になります。

次に実から種をはずします。これがかなり面倒ですが、よく洗った手指で実をギュッと摘まんで種を追い出します。
ユスラウメって小さな実なのに果肉が少なく、種が大きいので、皮もジャムの大事な素材です。
これをブレンダ―でガガーッとしてから煮詰めてジャムにしました。

どちらもユスラウメの個性が光る味の良いシロップとジャムになりました。
ビンに貼りつけたシールは川崎茂花さんから頂いた手作りシールです。

茂花さんとは昨年、いすみ市の 「コウノトリと共生する里づくり」 でご一緒しました。
兵庫県高岡市のコウノトリやいすみ市の貴重植物イスミスズカケの花を描いた茂花さんの絵はリアルで繊細。お人柄が現れた優しさが滲み出ています。
昨年、いすみ市でも個展がありました。
やっつけ仕事で作ったシロップとジャムもこのシールを張り付けると途端に格が上がります。

今年はノラ猫が庭に居座り、ウロウロしているので来訪してくる野鳥がめっきり減りました。
それはちょっとさびしいのですが、一方で、モグラの被害も今年はありません。
泥棒除けにはなりませんが、野鳥除け・モグラ除けにノラ猫は有効なのかと思っています。
ユスラウメもグミも今年は野鳥より早く収穫せねばと焦る必要がありませんでした。
ノラ猫だって少しは役に立つようです。

 

★上総広常の館跡(1)布施の殿台

広常館跡
    高台の畑の中に 「上総介平広常館址」 の石碑が建っている。

県道174号176号が合流する下布施交差点を西へ細道に入ると名熊の公民館になります。ここに車を置かせてもらいさらに西へ。用水路のような川が落合川で下流は夷隅川に流れ込みます。
往時はもっと広い川で広常館を守る掘割の役割をしていたことでしょう。

橋を渡り左(南)へ折れ、川沿いの道を歩くと、右手に立派な杉の木が見えます。「頼朝の箸杉」 で、源頼朝がここで食事をとり、箸にした杉木を挿したら巨木になったと伝えられています。
この辺は 「堀之内」という字地名ですから、城郭の一部だったのでしょう。

右手に 「公用坂」 を分け、道がカーブした所に 「小児守観世音菩薩」 が祀られています。
コモリ カンゼオンボサツ、とでも読むのでしょうか。
広常の息子・岳太郎が落合川で水死したため、その菩提を弔い、小児の無事成長を願うために祀られていると石碑にありました。
細い階段を上った先に古い社殿がありますが、中はのぞけませんでした。もっともご本尊はただの板切れだそうですが…。階段の上り口に新しいお地蔵様があります。

カーブを曲がると字地名は 「根古屋」 になり、下級武士が詰めていた場所らしい。
もともとは 「寝小屋」 の意味です。
道は牛舎の間に続き、ほぼ直角に右に曲がります。ここが 「大手門」。
坂道を登って突き当たると先祖が広常の重臣だったというW氏の住居になります。
一瞬戸惑いますが、右手に細道が切られており、ここを登っていくと畑になり、その中にポツンと大原町文化財保護委員会が建てた画像の石碑があります。

眼下に布施の田んぼが広がり景色がすばらしい。
お殿様(広常)が住んでいた高台だから“殿台”と昔から言いならわしてきた場所です。
広常はここから布施の豊かな農地を眺めていたのでしょうか。
殿台見学はW氏の敷地の中を通ることになるので、家人がいらしたら挨拶しておくべきでしょうね。
それにしても案内板の一つもないので、気の弱い人は石碑にたどり着けません。

碑のある高台を前殿台といい、大手門からW氏の民家への坂道の反対(左)側が奥殿台になります。
更にその奥が「ようがん台」。これは要害台がなまった地名と思われます。
ようがん台の下の字地名は 「櫓(ヤグラ)下」 だから、ようがん台には櫓があったのでしょう。
確認してきませんでしたが、櫓跡や大井戸跡もあるという話です。

この台地は周辺の山地と連続しておらず、はほぼ独立しているので城塞を構えるには適地と思われます。
前面には落合川があって堀となり、背面は深い谷になっています。この谷を 「瀧泉地谷 リュウセンチヤツ」といい、谷の向かいの山が「寺山」。
大手門近くの落合川に架かる橋は 「瀧泉地橋」 です。

大原にある 瀧泉寺 はかつてここに存在したが広常館を守る鬼門封じのために大原に移転した、という伝説を紹介しましたが、その伝説と符合します。
あからさまに言えば、館を構築するから立ち退いてもらったということなのでしょうが…。

かつて源頼朝傘下の軍団の中で最大規模を誇り、頼朝擁立の功労者でありながら無実の罪で粛清された悲劇の武将・上総介広常の館はどこにあったのか?

布施の殿台にあったという文献資料は乏しく、発掘調査も行われておりませんが、地元の人々はここにあったと信じて疑いません。
こに来たのは二度目ですが、古い資料で字地名を調べ、周辺の地理にも少しは目が届くようになってみると、ここにあったという説に味方したくなります。

文献では 「上総国長柄郡一宮柳沢城」 とあるので、隣町の一宮では広常館一宮説を譲りません。
来週は一宮説を調べてみたいと思います。

       箸杉    こもり観音
            頼朝の箸杉             小児守観世音菩薩入口



 

★赤紫蘇ジュースの作り方

赤紫蘇ジュース
       夏はやっぱりさわやかスッキリ赤紫蘇ジュース

庭で雑草化している赤紫蘇がわずらわしくなり、カットして煮て、ジュースにしました。
先日の里山活動で、仲間の美代ちゃん差し入れの赤紫蘇ジュースがとてもおいしく、今年も思い立って作りました。
最後にお酢を加えるとパッと明るいルビー色になることが魅力です。

【材料】
    ①赤紫蘇の葉300g ②砂糖500g ③酢300cc ④水1200cc

【作り方】
    ①赤紫蘇の葉を茎から取り、点検しながら良く洗い、軽く水切り。
    ②大鍋に水を入れ、沸騰したら赤紫蘇を少しずつ入れて6分間煮る。
    ③煮汁をこす。下記参照
    ④煮汁を再び鍋に入れ砂糖をいれて中火で10分。
    ⑤酢を入れてよくかき回せば出来上がり。
    ⑥よく消毒・滅菌したビンに保存。常温でOK。冷暗所なら1年保存可。

【注】―――どんな風にどんな量で作ってもそれなりの赤紫蘇ジュースになります。
1.細い茎は一緒に煮て構わない。葉の量は200gでも構わない。
2.砂糖、酢の量を増やせば保存性が高まる。砂糖1kg、酢500ccぐらいまでOK。
3.保存容器の滅菌は煮沸消毒だが、35度焼酎を使う手もある。
4.砂糖やお酢に凝る人がいます。安物でもOK。
5.何有荘オリジナル――100均の花鉢スタンドで【濾し台】
  花鉢の代わりにザルを載せれば両手があいてラクチンです。
  下のザルにアク取シート、上のザルにストッキングタイプの生ごみネット。
  絞るのも簡単だし、事後処理も楽です
  豆腐作り、味醂作りなどでも大活躍しています。
              こしき


良く冷やして水割り、炭酸割ですっきりさわやか。
ドライジンを少々で大人の飲み物にもなります。

ネット情報によれば、アントシアニンがたっぷりで、疲れ目や視力の向上、アレルギー予防効果や、美肌、整腸、疲労回復、食欲増進、ダイエットなどなどいいことづくめ。
夏バテの時にオイシイと思うものは体に良いからでしょう。
糖分補給と酢の効果だと思います。


 

★裏庭の枇杷(ビワ)の実、初収穫

枇杷
       今年初めて花が咲き、実った

このビワは勝手に生えてきたものです。
この葉は枇杷みたいだねェ、なんて言っているうちに毎年大きくなり、隣家との境にあるので少々困っていたのですが、今年初めて花が咲き、実が実りました。
隣人にどうぞドンドン食べちゃってくださいと声をかけたところ、えー、もう一ついただきましたという返事だから良かった。

隣家との境界線を越えた枝は、所有者に切除することを求めることができますが、勝手に切ることは厳密にいうと違法です。
枝葉も実も所有者のものですから隣家はどんなに困っていても勝手に処分できません。
だから、私の方で気を利かせて境界線を越えた枝は切らねばならぬのですが、隣家があまり気にしていないようなので良かった。
枇杷の実いくつか、勝手に取ってもらうことで円満解決ならばオンの字です。

ちなみに、タケノコなど地下を通じて隣家の敷地に入り込んだものは、隣家の所有物として専断処分してかまいません。

さて、実生で芽生えたものですから、最初からたいして期待もせず、花が咲いても信じないでいたら結構実がつきました。
豊作ですが、小粒で甘さも足りません。
すると欲が出てきて、来年は花が咲いたら摘花してやろうなんて考えています。
巨大化・高木化するのを剪定して防がねばなりません。
枝の誘引も必要かな、肥料はいつごろ遣るんだなど、ネットで調べています。
今さら現金なものです。

房総半島先端部を産地とする“房州びわ”は大きく・色よく・甘くて贈答用にもなり、観光客にも人気です。
産直店でも時々出てきますが、それと比べちゃいけませんね。
何の世話もせず、勝手に実った野生児ですから。

小さくてあまり甘くない枇杷ですが少しは甘い。自然の恵みとしては上出来です。
フレッシュで頂き、野菜サラダに混ぜ、保存用にはコンポートにすることにしましょう。


 

★クワの実の季節です。

桑のみ
       赤い実は酸っぱく、黒い実は甘い。

庭に勝手に木が生えてくることがあります。小鳥が運んでくるのでしょうか。
勝手に生えてくる迷惑な木の代表例が桑(クワ)で、その成長力は早く、強く、カットしてもカットしても地際で切らない限り復活してしまいます。

桑はオスメスの木があり、いくつか種類があり、さらに葉の形も木によって異なるなど、めんどうな木ですが、ようやく最近はあれも桑、これも桑と見分けられるようになりました。
実がつけば一目瞭然です。

この近辺では空き地や道路沿いでよく見かけますが、今の子どもたちは摘まんで食べてみるなんてことはしないのでしょうか。
そういうつまみ食い体験こそ子どもには本当は必要だと思うのですが…。
小学校の統廃合でスクールバスで通うようになったら寄り道さえできなくなってしまいます。

さて、大量に収穫したらジャムにしたり、桑の実酒にして利用します。
田舎暮らしでは無料の素材があちこちにあり、生活に季節の彩りを添えてくれます。
梅雨の季節は楽しい季節です。