★上総十二社(6)三之宮神社 


  一の宮町の隣り町、睦沢町北山田に鎮座する三之宮

三之宮の創建は850年とされていますから古い歴史のある神社です。
850年には睦沢町山崎の二宮も創建されていますから、この二つの神社はセットと考えて良いのではないかと思っています。
この神社も二宮同様に本名が忘れ去られ、三之宮という通称が固有名詞として扱われています。

Wikiでは上総三宮と書かれていますが、上総三宮の候補神社が他にないためで、実際には 「一の宮川流域経済文化圏」 の中での三宮ではないかとわたしは推測しています。
明治初期、神社の階級序列の再編成が行われた際、地元では上総二宮橘樹神社と同格の「県社」に指定するよう陳情しましたが、一階級格下の「郷社」になってしまいました。
郷社は「村社」よりは格上で、北山田・大谷木・寺崎・猿袋・七井土・永井の旧6ヶ村の鎮守として認定されたわけです。 

ご祭神は神武天皇の兄弟である五瀬命(イツセノミコト) 稲飯命(イナイノミコト)三毛入野命(ミケイリヌノミコト)。
この三柱と玉垣神社の神武を合わせた四柱は玉依姫(玉前神社)の息子です。
それにしてもなぜ外房で神武天皇の兄弟が祀られねばならぬのか、不審に思っていました。

『睦沢村史』(昭和52年)には概略次のような興味深い由緒が載っています。

“仁明(ニンミョウ)天皇の3年(850年)正月13日の晩、藤原勝重は夢を見た。竜神が現れ「わたしは豊玉姫である。稲飯命、三毛入野命が万民のために海中に身を投じ、よって倭の国は平定された。
その二皇子が東風に導かれて太東埼に漂着するから迎え奉るべし」。
勝重が早朝、海に出てみれば光り輝く3つの玉を発見したのでこれが神霊だと確信して祭った。八月十三日に北山田に社地を定めて祭礼を行った。
祭礼は一番=玉垣神社(神武)。二番=本社。三番=橘樹神社(日本武尊)。四番=二宮神社(ウガヤフキアエズ)。五番=南宮神社(豊玉姫)。六番=玉前神社(玉依姫)の神輿十二社が釣ケ埼に集まり、これを椎木、綱田、中村、和泉の山之内四ケ村の神輿が出迎えて神霊合わせの祭礼が行われる“

二皇子の霊が漂着すると言いながら三個の宝玉が発見された――のでは辻褄が合いませんが、それはまぁ良しとしましょう。

神武四兄弟ついて少し解説します。
神武一行は九州から瀬戸内航路を東にとり、大阪湾から上陸し、奈良盆地にあった物部王国を攻撃しますが手痛い反撃を受けて退却します。この戦闘で長兄・五瀬命は矢傷が悪化して死亡。和歌山市竈山(カマヤマ)に陵墓があります。
その後、三毛入野命は常世(トコヨ)へ渡り、稲飯命は母のいる海原へ行ったとあります。
この不思議な文章の意味するところは、不慮の事故で海中転落あるいは入水自殺で二皇子が亡くなったと読み取れます。
(その後、神武はヤタガラスや金色のトンビに助けられて物部王国の奪取に成功します)

三之宮神社の由緒はこの『日本書紀』の記述を踏まえており、海から二皇子の霊が来るから祭れと豊玉姫が命じ、ついでに五瀬命も祭ったということになります。
この神社の本質は、海難事故で亡くなった方を手厚く祀り、あわせて地域住民への加護を期待したものでしょう。
境内に至る道の脇には崖を削った「水場」があり、参詣した日にはまったく水気がありませんでしたが、かつては豊かな水が滲み出し、この水を飲むと乳が良く出ると言われました。
つまり子育ての神社としての性格を併せ持っていました。

母親(玉依姫)ではなく、祖母(豊玉姫)が孫を祭れと命じた点は興味を引きます。
神話の世界では天照大神(祖母)が孫のニニギに地上の国を治めよと命じ、朝廷では持統天皇(祖母)が孫の文武に天皇位を委譲します。
祖母から孫へというストーリーはこの時代の流行だったのかもしれません。
ここでも最高権力者が祖母=豊玉姫なのです。
「あー、ばぁちゃんにはかなわない」というCMがありましたが、昔も今も優れた女性が一族・集団の指導者なのでしょう。

一宮のご祭神・玉依姫も海神の娘ですから正体はワニのはず。
しかし、そのような雰囲気は『古事記』『日本書紀』からは伝わってきません。その一方で姉の豊玉姫ははっきりと海の女神として描かれています。
海の女神が波間に消えた若者二人の霊を祭れと命じるのは筋の通った話です。

山之内四ケ村の神社はいずれも豊玉姫をご祭神とし、釣が埼の浜辺で親族一同を出迎えるという構図は、実家に親族一同が集まり、祖母がこれを歓迎するという構図に似通っています。
豊玉姫こそが一族の神々の尊敬を集めていた、つまり海洋漁労民の尊敬を一身に集めていたのだとわたしは思っています。

なお、上記一番・玉垣神社から六番・玉前神社までを「玉前六社」といい、かつて、それぞれ大宮・若宮の二基の神輿(ミコシ)、合計十二基の神輿が出ました。神輿それぞれを一社と数えることがあり、それが「上総十二社祭」の名の由来だ睦沢村史はいいます。
本来は十二の神社ではなく、十二の神輿が会同する祭りだったと言うのです。

歳月は流れ、十二社の意味も参集する神輿の数も変わりましたが、今年もまた1200有余年の歴史を持つ「上総十二社祭」が9月10日~13日日にかけて行われます。
波打ち際で白馬と神輿が疾走する豪快な“浜降り神事”の季節となりました。
もう地域の若者たちは祭りのことで頭がいっぱいのようです。
                                       つづく

バックナンバー
   玉垣神社(神武)――――● 
   二宮神社(ウガヤフキアエズ)-●
   三宮神社(イナイ、ミケイリヌ)--本稿
   橘樹神社(日本武尊)――●
   南宮神社(豊玉姫)―――●
   鵜羽神社(ウガヤフキアエズ)-● 

 

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★車内のハチでガードレールに自損事故 


   事故現場:車の塗料がガードレールに付いている

田舎って虫がたくさんいます。一日車を動かさないとクモが巣を張ったり…。
ドアを開けた時にハチが紛れ込んだようです。
運転の途中で目の前を飛んで気がつき、手で払った時にガガガガガーッ。
ガガンと止まってエアバックが開き、何が何だかわからないうちに強制停車。

運転していたのは連れ合いさん。
わたしは自宅にいて、「事故っちゃったぁ」と電話があり、あわてて現場に駆けつけました。
現場の状況は一見すると大したことがないようでしたが、前に回って驚きました。
左前輪が90°回転し、サスペンションが外れてしまっています。
エアバックって有効ですね。本人は無傷の様です。良かった。

現場はゆるやかな右カーブ。
画像のように舗装道路面とガードレールの間は土の地面で、その隙間に左タイヤが挟まれ、そのまま進み、ガードレールの柱にぶつかって左タイヤだけが右回転して車道に上がり停車したようです。

問題が起きたのはその直後です。
保険会社である「東〇海〇日〇火災保険」のカスタマーセンターに電話したら「1週間前に保険が切れています」という冷たい返事。愕然としました。
警察に電話した後、しょうがないから事故処理のためにJAFに電話したら「家族会員に加入していないから」と断られてもう呆然自失。
やむ得ず自動車関連の知人に救援要請電話。知人はアチコチ電話して「保険は切れていないからもう一度電話するように」と言い、すぐ駆けつけてくれました。

保険会社の事故相談係りに電話すると、「お怪我はだいじょうぶですか」が第一声。
それから病院のこと、レッカー車のこと、対物(ガードレール)のこと、車両保険のこと、代車のことなど事細かに連絡がありましたが、長々とした話で、わたしの携帯はバッテリーアウト。
知人の携帯を貸してもらいましたが、現場でくどくどと契約内容の復習をするのはいかがなものかと思いました。

近くの知人も駆けつけてくれ、病院に連れ合いを運んでくれました。打撲だけで済んだのは不幸中の幸いです。
車はまだ購入後1年なのに大破・全損。軽自動車って柔(ヤワ)いもんだと思いましたが、グチャグチャになることで運転者を守るのだと聞いたことがあります。

それにしても「カスタマーセンター」の対応はひどい。
「契約期限切れ」 はないよね。
何のために保険をかけ続けていたのか…。
契約更新を怠ったせいかと自分を責めましたが、知人が言う通り3年契約だったのです。
本来すぐにサポートしてくれるはずなのに、再度電話するまで30分は不安で無駄な時間が過ぎました。
再度電話しなければ、トボケルつもりだったのでしょうか。
いまだに謝罪の電話ひとつもありません。

今回、ハチのせいでひどい目に会いました。
ハチが車内にいたら路肩に停車して処理する―――原則通りが一番安心です。

◆追伸:
 事故後2週間たって、保険会社から窓口対応の不始末について
担当者から 非常に丁寧な謝罪がありました。
 遅きに失っした感がありますが、謝罪があったことは評価します。  
 ただし、事故後にわたしが送った「対応に疑問」という書簡には触れてないので
 新車購入に関してディーラーに愚痴ったことが保険会社に伝わったようです。
 消費者優先が、実は途中で握りつぶされているような不快感は残っています。

 
 

 

★食べきれないミニトマトでジュース作り 


   ミキサーにかけた赤と黄色のミニトマト

食べきれずにボタボタ落ちてしまうと、もったいないなぁと思います。
でも、来年こぼれ種で芽が出てくるから、まぁいいか。
いや、食べきれないならジュースにしよう。ジュースにすれば大量消費できます。
ジューサーかミキサーにかけるだけだから、超簡単です。

◆ミニトマトジュースの作り方
 1.ヘタを取って軽く洗ってザルにあけておく。
 2.皮を湯むきするのは面倒なので、そのままミキサーへ。これで出来上がり。
 3.もうひと手間かけて鍋に入れ、ひと煮立ち。これで出来上がり。
 4.もうひと手間かけて裏ごしをかけて細かくなった皮を取り除けば出来上がり。
 5.もうひと手間かけて、塩少々を加えて味の調整をすれば出来上がり。
 6.保存ビンに入れ、シールでも貼ればかっこいい。

もともと生で食べられるのですから、どの段階までやるかはお好み次第。
手間暇かける時間と精神的な余裕があるか、で決まります。
今回は4番まで、煮て裏ごしで終了。
水も塩も加えない100%のミニトマトジュースです。
濃厚で「オイシイナァ」

トマトジュースは嫌いという人だって、これならOKなんじゃないでしょうか。
試飲したら「まぁまぁだね。たくさんは要らないけど」だって。
お世辞じゃなければ良いのですが。

 

★マムシバスターズ 


   500mlペットボトルに閉じ込めたマムシ

「マムシ注意! 立入禁止」の看板を時々見かけます。
この看板は効果てき面。だれも草むらに入りません。

ところが看板はなくともマムシはいます。
昨日、コシヒカリの稲刈りがありました。こいつが草むらにいたんです。

==マムシに出会った人の反応==
 a.キャーと言って逃げ出す。
 b.恐怖で声も出ず立ちつくす。
 c.興味深くじっと観察する。
 d.すぐ殺す。
 e.つかまえる。

わたしは cですが、里山仲間は dの人が多い。
頭を踏みつぶすとか、草刈り機で首を切り落とすとか…。
ところがやはり eの人もいます。

草刈り機で軽く首根っこを押さえ、空ペットボトルの口に頭を突っ込むと中に入っていくので、フタを閉めて生け捕り成功――だそうです。
マムシ酒にするのだと笑っていました。

虫ではないのになぜマムシと言うの?と小学生が疑問に思います。
良い疑問ですね。
大昔の日本語では、二本足(人間)、四本足(哺乳動物やカエルなど)以外の生き物は広く「ムシ」と言いました。
節足動物のクモもムカデも、昆虫のトンボもハチもムシです。
ウジ虫や蛇もムシの仲間に入り、その中でも最強で信仰の対象になったのがヘビでした。
ヘビの中でも最高位に位置するのがマムシでしょう。
「真のムシ」という命名です。

人知を超えた存在。一撃で人間を倒す存在。子を産む蛇。
強力な生命力。山野や河川の守り神。しめ縄のモデル。
さわらぬ神に祟りなしの代表格だったのに、今や絶滅危惧種。

マムシがいたぞーという声を聞くと飛んできて退治することに生きがいを感じている人を
勝手に、マムシバスターズ と名付けました。
田畑も里山もこういう勇者のおかげで安全に歩けるようになりますので、尊敬しています。

気付かぬ場所に潜んでいますから、田舎ではみなが長靴を履いているのは納得です。

 

★夏の終わりの白い野のユリ 


    畔(アゼ)に咲く花は“タカサゴユリ”らしい

鉄砲百合に良く似ているけれど季節が違います。
調べてみると タカサゴユリ。
この花が8月中旬から今年はとても良く目立ちます。
庭先はもちろんのこと、道端、空き地そして画像のようにあぜ道にも咲いているので、これは 「野のユリ」 と言って良いでしょう。
(田んぼのユリですがね)

1923年頃に園芸用に台湾から輸入され、それがいつの間にか、庭から逃げ出しました。
ユリは一般に球根やムカゴで種族を維持しているのに、タカサゴユリは種を作ります。
その種がいろいろな事情であちこちに移動し、定着し、花を咲かせ、そしてまた種を作りと繰り返してここまで目立つようになったのでしょう。
外来種と言えども、地のものを圧迫して滅ぼし、自分だけが栄えるという「侵略的外来種」とは違います。

野のユリと言えば聖書・マタイ伝の「野の花を見よ!」 を思い出します。
―――野の花は栄華を極めたソロモンの衣装よりも素晴らしいではないか、
そしてあなたがたは野の花よりもずっと素晴らしい存在なのだから、着るもの・食べるもの・明日のことで思いわずらうな。
その日の苦労は、その日だけで十分だ―――

昔は 「野のユリ見よ!」 だったのに最近は 「野の花を見よ!」 となったのは
ごちゃごちゃした論争は全部省いて、花と言えば桜、山と言えば富士というように
聖書では花と言えばユリだったので、この場合、ユリですべての花を表しているという結論に至ったからのようです。

「野の花を見よ!」 という場面で思い出す花は、やはりユリですね。
ユリはキリスト教を代表する花と言って良いでしょう。

そういえば 「世界に一つだけの花」 にケチをつけている人がいるんですってね。
歌の好き嫌いはだれにでもあるけれど、学校で教えることはケシカランとなるとケシカラン話です。
信念を貫くことは素晴らしいけれど、信念を押し付けるのは傲岸不遜。
押し付けられる方としては迷惑千万な話です。

今朝、道ばたのニラの花に気づきました。
アップで見ると美しい花です。
もう、そういう季節になりました。
ユリの花と比べて、どうこうと比較して優劣をあげつらっても無駄です。
どの花も、それぞれ個性的に輝いているじゃないですか。

 
  

★上総十二社(5)二つの二宮神社、その2 


 茂原市本納に鎮座する橘樹神社。上総国二宮。

茂原市山崎の二宮神社が一宮川水系に属するのに対し、本納の橘樹神社は南白亀川(ナバキガワ)水系にある神社です。
上総十二社の中核である「玉前六社」の一社でありながら、現在は一宮(玉前神社)とは距離を置いています。
平安時代の神社名鑑ともいえる「延喜式」に記載された由緒ある古社で、神社によればその創建は景行天皇の時代ということになっています。その記載を信じれば1,900年の伝統があります。
一宮と比べるのは失礼ながら、一宮よりも敷地は広く、鬱蒼とした木立に掃き清められた境内でおごそかな雰囲気が漂う立派な神社で、さすが上総国二宮の風格があります。

ご祭神は①弟橘比売(オトタチバナヒメノ)命(ミコト) ②日本武尊(ヤマトタケルノミコト)③ 忍山宿禰(オシヤマノスクネ。弟橘比売命の父、相模国穂積氏)の三柱。
玉依姫伝説を中核とする上総十二社の中では、日本武尊伝説のみを背景とする異色の神社です。
神明作りの拝殿の奥に本殿がありますが、往古は本殿がなく、その背後のご神体である古墳を直接拝礼したと伝えられています。

周囲170m、高さ10mの古墳は弟橘姫の櫛(クシ)を遺骸に見立てて日本武尊が葬ったと伝えられています。
拝殿前には姫を偲んで橘の樹が植えられ、それで橘樹神社。

日本武尊の軍勢が神奈川県横須賀近辺から対岸の房総半島に渡る際、「たいした海じゃない」と小ばかにしたのが運のつき。海は大荒れとなり、海神の怒りを解くために愛妾・弟橘姫が入水しました。
遺骸は見つからず、その袖が流れ着いたのが袖ヶ浦。流れ着いた櫛を姫の形見として肌身離さず、東北遠征の途中、この地に至って埋葬したと伝えられています。
もちろん「神話」であり、幾ばくかの真実を含んでいたとしても、そのまま事実として受け止めるわけにはいきませんが、悲話であり夫婦愛の物語として多くの人々に信じられ、愛されてきた物語です。

わたしが注目しているご祭神の一人、忍山宿禰というマイナーな人物です。
日本武尊の随身、部下の一人とされていますが、なぜ部下が神様にまで昇格するのでしょうか。
この人物の祖先は尾張系物部氏に属し、そのまた遠いご先祖は山幸彦ことヒコホホデミの兄弟である天火明命(アメノホアカリノミコト『日本書紀』巻第二の一書)とされています。
血統が天皇家と並ぶ由緒正しい古代豪族の一員であることはともかくとして、この人物は古代製鉄事業経営の神様であることが重要です。

日本武尊伝説のある場所は古代製鉄産業に深いかかわりがある場合が多いと度々述べてきました。
橘樹神社には砂鉄から玉鋼を作り出す神様が祀られていることになるのですから、この神社は古代大和の勢力が東国地方の砂鉄産地を支配下におさめ、その政治的・軍事的・経済的・宗教的な拠点として建立された神社と見ることができます。
上総国二宮であるという格の高さもそれゆえなのでしょう。

神社の脇は農業用水路が整然と整えられていますが、用水路の下流は南白亀川に合流し、往古は神社と南白亀川は物流経路として結ばれていたことでしょう。
南白亀川の河口は「刺金海岸」といい、何やら製鉄関連事業を思いこさせますし、実際、その海岸は黒い海岸――海砂鉄の豊富な海岸であります。
おそらく橘樹神社は白子(刺金)海岸の砂鉄の利権を押さえ、その経済力を背景として成立した神社なのだと推測しています。
砂鉄から玉鋼を作り出すには大量の水と木炭、そして粘土が必要です。さらにタタラにはフイゴとして丈夫な鹿皮を利用しますが、この地はすべての条件を満たす理想的な立地なのです。

上総十二社には、忍山宿禰に関係ある神社がもう一つあります。
一の宮川下流左岸にある南宮神社です。
南宮神社は今やサーファーのメッカである東浪見(トラミ)海岸の砂鉄に利権を持っていました。
この神社については以前アップしましたのでそちらをご参照ください。→● 

この神社のご祭神は山幸彦の妻・豊玉姫と鉱山の神・金山彦ですが、神社を建立したのは穂積氏で、穂積氏の祖先神が忍山宿禰にあたり、日本武尊に同行したと伝えられています。つまり鉱山経営の神様と考えて良いでしょう。
南宮神社は上総十二社祭りの際、神社独自の盛大な花火で地元では有名ですが、愛知県の「諏訪南宮神社」でも祭りの晩に花火が打ち上げられます。
南宮神社は花火と縁があるらしい。
「飛び散る火花」とは製鉄作業や鍛造、鋳造につきものです。
南宮神社の火祭り、花火が古い伝統を持つ行事なのか、それとも最近の流行に乗じたものかは知りませんが、南宮神社にはふさわしい祭りです。

南宮神社の祭礼は玉前神社など他の神社の神輿とともに東浪見海岸で行われます。
一方、橘樹神社の祭礼でも浜降り神事と称し、三年に一度、関係者が浜辺で禊(ミソギ=身を浄める)を行い、繰り出した神輿(ご祭神)の御身摺(オミスリ=禊)も行われますから、この二つの神社は共に砂鉄海岸、海洋航路と縁の深い神社だということが暗示されています。

 
 

★アオサギとシラサギ 


   何有荘前の大正堰にて

いすみ市ではどちらもめずらしくはない野鳥です。
アオサギはコウノトリの仲間で日本ではもっとも大型な野鳥の一つ。
大正堰と隣接する新堰に巣があり、毎日、「グェー」とか「グギャー」とか恐ろしげな鳴き声で鳴いています。
アオサギは「青鷺」ではなく「蒼鷺」。
つまり「ブルーのサギ」という意味ではなく、「くすんだ色のサギ」という意味になります。
「蒼い狼」は「ブルーのオオカミ」ではなく「灰色オオカミ」であるのと同じ。

いすみ市では「コウノトリと共生する町」を目指して、完全無農薬田んぼを実験的に設置しました。
現在棲息しているアオサギを保護するということではなく、どこからか、いつの日かコウノトリを輸入して、市の目玉にするという発想がどうかな? と思いますが無農薬田畑が広がることは良いことです。

市の姿勢に「協力」して、わたしたちは農薬の空中散布、ヘリコプターによる散布の中止を求めています。
コウノトリのためというよりも人間その他の生物にとって農薬の空中散布は甚大な被害をもたらしている実情があるからです。
空中散布の日は外出できない、庭にも出られない、体調不良になる住民が確かにいるのです。
その日以後、田畑の水を集めた塩田川では魚が浮きます。
その川の水は豊かな海、大原に流れ込みます。

田んぼの消毒と称して毒薬をまくのは農家としては必要なことでしょうから、その中止を求めているのではありません。
他に被害を与える「空中散布」という方法は不適切だと考えているのです。

大正堰に流れ込み貯水される水は周辺の山野の天水で、田畑を通過していませんから、いわば無農薬の貯水池です。
いろいろな野鳥が来てエサ場としているのは、そこが安全なエサ場だからでしょう。

さて、シラサギですが都会で暮らしている時は生活圏で見たことはありませんでした。
シラサギと言えば姫路城というくらい、別世界のことでした。
いすみ市ではカラスと同じくらい普通の鳥です。
黒い鳥(カラス)が飛んでいるよりも、白い鳥(シラサギ)が飛んでいる方が良いですね。
画像のシラサギは、どうやら中鷺(チュウサギ)のようです。

 
 

★夏の終わりの花、センニンソウ 

毎年この花をアップしているのはお気に入りの花だから。
キンポウゲ科に属し、クレマチスの仲間。
蔓(ツル)性で、他の木に絡みついてその表面を覆い、日の光をいっぱいあびて自分だけは良い思いをしようとしています。
それはそれで植物が生き延びる戦略だから、「悪い奴だ」とは一概には言えません。

宿主を絞殺してしまう藤や蔦(ツタ)ほど強力ではなく、覆いかぶさって宿主のへ光を全部横取りして枯らすほど強欲でもありません。

「常緑」と書いてあるサイトもありますが本当でしょうか。
花が終わると葉も枯れてしまい、その実を探すのに苦労します。
というのも柿の種を小型にしたような実に白くて長い白髭(ヒゲ)のような羽毛状の毛が付いて、まるで仙人のように見えるのがセンニンソウの名前の由来だから、眼を皿のようにして探すのですがなかなか見つかりません。
葉が茂っていればまだ見つけやすいのに…。

いすみ市では山野、道端など日当たりのいい所にどこでも生えています。
ウシノハコボレ(牛の歯毀れ)、ウマクワズ(馬食わず)という別名があるのは毒草だから。
フクジュソウやアネモネもキンポウゲ科で、キンポウゲ科はどれも有毒なので注意が必要です。

花・葉・根など全草が毒で、まさか食べる人はいないと思いますが、
注意を要するのは茎・葉です。ちょっと切って家に飾ろうかなどと考えない方が良いでしょう。
茎葉から出る汁には「プロトアネモニン」という毒性物質が含まれており、刺激性精油成分で皮膚に付くと火ぶくれ状の皮膚炎を起こし、毎年何人か皮膚科のお世話になっているそうです。

毒にもなれば薬にもなるので、扁桃腺炎の民間療法に使われているとかで、何有荘にもどこに咲いていますかという問い合わせがあったこともあります。

けっきょく、きれいな花は遠くから眺めるだけ。
シロウトさんは手を出さない方が賢明。
「生兵法は怪我のもと」です。

 

★これ、シマウシノシタ(縞牛の舌)だそうです 


舌平目の仲間。シマシマ牛タンと勝手に名づけました。頭は右、尾は左。

漁師工房「拓」では網にかかった藻屑取りのお手伝いを“援漁”として募集しています。
それで、時々出かけては網にかかった珍しい魚をゲットして帰ります。

この日頂いたのは画像のようにグロテスクで、まさか魚だとは思えないシロモロ。
舌平目の仲間で、シマウシノシタという名だと教えてもらいました
言われてみれば舌平目に似ています。しかし縞模様がちょっと不気味。
尾の方なんか黄色のドットがあり、触ると危険のような感じです。

縞模様の牛の舌という名前だから、牛タンに似ているってことなのでしょう。
牛タンは好きで仙台行ったときは必ず食べますが、リアル牛タンはやはり不気味です。
それにしても「縞牛の舌」なんて名前よりも、勝手に名づけた「シマシマ牛タン」の方が覚えやすいと思いませんか。
実際には毒もトゲもなく危険なことは何もありません。味は淡白でおいしい魚でした。

さばき方も奥様から教わりました。
表が縞模様、裏はヒラメ同様にまっ白い。
白い裏面を上にして首のあたりを皮1枚残してスパッと切り、(首なんかないよネ)
頭を持ってひっくり返して表の皮をズルズルとむいていけば出来上がり。
裏の皮をむくか、むかないかはお好み次第。

塩胡椒してバター焼きが一番簡単で、一番おいしいと思います。
ちょっと醤油を垂らしてネ。
よく焼くと縁側なんてパリパリして酒の肴にピッタリです。
小麦粉を振ってムニエルにすると、フライパンにくっついてしまうことがあって面倒。

めったに魚屋さんに並ばない魚で、並んでいたとしても手を出しにくい。
食べ方も味も知らないと普通の人は手が出ません。
援漁の帰りに「持っていく?」と声を掛けられ、恐る恐る頂いて帰りました。
次回からは「オッ、シマシマ牛タンがあるじゃないか。これもらっていくよ」と拓さんに声をかけることでしょう。

    漁師工房「拓」援漁カレンダー→●
 

★五線譜のツバメ 

ツバメが少ないと報道されていますが、こちらにはたくさんいて飛び回り、夏の虫をついばんでいます。
子どもたちが育ち、親子・親族まとまって行動しているようで20~30羽はいます。

電線に止まって休息していることも多く、オッおもしろい構図だと思って車を停めてカメラを片手に出てみると残念、半分ほどは飛んで行ってしまいました。
ここでずっとシャッターチャンスを待ち続けるわけにもいかないので、ツバメの数は少ないけどシャッターを切りました。

別の場所では100羽は軽く越す数のスズメが群れを成して飛んでいました。
ちょうど稲が黄色く実る頃ですから、家族が増えたスズメは食事に苦労しないでしょうね。
ツバメもスズメも育ちざかりの子どもがいる時がちょうど食料が豊富な時期だというのは自然の摂理というか、よくできたシステムです。

農家にしてみればせっかくの実りを横取りされるのだから憎らしい存在だというのも良くわかります。
ピラピラ光るテープを張巡らしていますが、効果はどうでしょうか。案山子(カカシ)はめったに見かけません。きっと効果がないのでしょう。
鳥がついばんだら死んでしまうような強力な農薬を稲にかける訳にもいかないし、ある程度の被害は織り込まねばならないのが実情です。

スズメだって稲を荒らすだけではないのです。雑食ですからイネ科の害虫、ウンカやカメムシなども食べちゃいますから益鳥でもあります。
人間様一人勝ちの人工的な自然というのは不自然そのものですから、適当なところで折り合いをつけ、共存共栄を考えねばならないのでしょう。

今日もまた暑い日が続いていますが、朝晩は風が吹くと涼しいと思うこともあります。
明け方、早く目覚めてしまい空をみるとオリオンが東の空に見えます。
いくら暑くとも地球の位置はもう秋だとはっきりわかります。
暑すぎて調子の狂っていたスズムシも鳴き声が本格的になってきました。先日はカネタタキが鳴いていました。
もうちょっと我慢すればもうすぐ涼しくなるぞと自分に言い聞かせながら毎日を過ごしています。