★疱瘡(ホウソウ)神社(番外)茶あびの赤飯 


  お赤飯に炒り大豆を散らした茶あびの赤飯

疱瘡という悪魔のような病気が天然痘ウイルスによって起きるという知識がなかった頃、人々は“疱瘡神”という疫病神が病気を広めると考えていました。
その疫病神は赤い色や犬が苦手と信じられ、病人の家では赤いお札をベタベタ張ったり、張子の犬人形を飾ったりしたそうです。

房総に伝わる「茶あび」は乳幼児の疱瘡除けの伝統行事です。
生まれて初めて迎える2 月8 日と七五三の年の2月8 日が「茶あび」の日で
神棚の前に家族がそろい、箕(ミ=ちりとりのような大きなザル)の上に子どもを座らせ、頭の上にふるいをかぶせ、ぬるめのお茶を数滴たらして疱瘡除けとしたそうです。
なんとなくお釈迦様の生誕を祝う「花祭り」の甘茶かけを思いこさせる行事です。

この日は炒り大豆の入ったお赤飯をたき、親戚やご近所にもお祝い返しとして配りました。
「茶あびの赤飯」といいます。
作り方は超簡単で、アツアツの赤飯を重箱に詰め、上に炒り大豆を散らしてすぐふたをする――これだけです。
赤飯の熱で炒り大豆が柔らかくなり食べやすくなります。

赤飯はおめでたい日の食事です。
赤はそれ自体がおめでたい色彩とされていますが、悪魔祓い、疱瘡除けの色でもあります。
その赤いご飯に疱瘡に見立てた豆を散らして食べちゃおうという行事です。

現代でも発展途上国では乳幼児死亡率が異常に高い状態が続いています。
昔の日本もそうでした。
生まれた赤ん坊が無事に育つように、節々ごとに「よくぞここまで育った」とお祝いをしたのでしょう。
節分に自分の歳の数だけ豆を食う習慣は今でも残っていますが、房総では赤飯と一緒に豆を食べて疱瘡除けとする点が独自です。

お茶を頭に垂らして赤飯を食べれば疱瘡予防になるのか?――そんな疑問は無意味です。
疱瘡の予防法も治療法もなかった時代、なすすべもない人々はそれでも何かをせねば気がすまなかったのでしょう。
そして効果があったかどうかは別として、――効果があると信じて子供の成長を祝う「茶あび赤飯」を用意してみんなで健康を祝福しました。

疱瘡が予防接種で根絶された今では2月8日の「茶あび」行事はなくなり、大豆入り赤飯も出番がなくなりました。
なかなかおいしい赤飯ですから、4日繰り上げて節分の日の赤飯弁当として大々的に売り出す人はいませんかね。あるいは誕生日ケーキならぬ誕生日赤飯。
伝統の食べ物を忘れてしまうのは惜しいことです。

これで疱瘡神社シリーズはいったん終わります。
過去には椎木の玉前神社の疱瘡神をアップしたことがあります。 ●→こちら
気になりながらアップしなかった疱瘡神もあります。
大原の北寄瀬地区にある八坂神社には最上神社を明治44年に合祀した記録があります。
最上(モガミ)とは疱神(モガミ)のことだろうと疑っていますが確証がないまま調査未了です。
また、大原の小澤地区には疱神台という字(アザ)があり、疱瘡神が手厚く祀られた痕跡がありますが調査に至りませんでした。
 
かつての夷隅(イスミ)郡にはまだ数多くの疱瘡神を祀る神社があったと思われますが、時代の流れの中で氏子の力が弱まって合祀され、やがて字地名も消え失せてしまいました。
人々がどれほどわが子を愛し、我が子が疱瘡にならないように願ったか。
人々の願いがこもった「茶あびの赤飯」はおそらく当時は高価なものだったはずです。
「茶あびの赤飯」を食べてみると、貧しく学もなかったとはいえ愛情いっぱいだった昔の父母、祖父母を思い出します。

 

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★今朝のお客様はシジュウカラ 


    枝葉の間で忙しく動き回り、ピンぼけ

シジュウカラは都会地でもよく見かける野鳥で、田舎よりもむしろ都会の公園の方が見つけやすいかもしれません。
雑食性というのが都会地でも生き抜いていくうえで有利に働いているのでしょう。

一方、田舎では多種多様な野鳥が住み、とりわけ目立つということはありません。
ツピー、ツピー、ジュクジュクジュクという特有の鳴き声がすれば近くにいるなと思います。

脂身を好むので、バラ肉やロースの脂身を切り落として餌付けというか、冬場の食料援助を試みたことがありますが、そういう時に限ってやってきません。
それどころかカラスが目ざとく脂身を見つけて強引にネットごと引きちぎって盗んでいきます。
カラスにとっても脂身はご馳走なんですね。
自分好みの野鳥だけを選択的に呼び込もうとしても、そもそもそれは無理な話です。
カラスのお宿になるのは嫌ですから、脂身を用意することはやめました。

何も用意していない庭に今朝はシジュウカラが来ました。
グミの若い芽をついばみに来たようです。
木の芽はきっと小鳥にとっての栄養分が多いのでしょう。
チョコマカとせわしなく動き回り、あちこち突いて数分でいなくなりました。

一本の木の芽を食べ尽くさないで、あちらこちらの木から少しずつ失敬するのが彼らの生き方なのでしょう。栄養も偏らないし。
万遍なく、少しずつ、雑食性、そして一か所にとどまらず飛び回る―――そういう習性が厳しい環境である都会地でも生き残る秘訣のようだ、とまとめると、なにやら人生の秘訣のようにも思えてきます。

 

★アーティチョークの葉を食べました 


  越冬したアーティチョークは超巨大

1枚の葉は長さ80cm、幅40cmもあります。
それが重なり合ってどうなっているのか判らないのは、昨年末、枯れた親株の根元から子株が数本芽生え、競いあって成長しているからです。
株分けしなくちゃナァと思いながらチャンスを逃し、ごちゃごちゃに育っています。

朝鮮アザミという和名よりも、最近はアーティチョークという名で知られるようになりました。
主としてソフトボール大になるツボミを食べますが、
これは絶品だと言うほどにはなかなか上手に調理できません。

昨日、日本のアザミの葉はどれも食べられるとアップしました。
外国生まれのアザミの葉だって食べられます。
下の方の大きな葉は収穫量が多いが筋っぽいのでパス。
上の方の手ごろな大きさの葉を収穫して食べます。

利用するのは真ん中の太い軸。
周囲のヒラヒラの葉は、いかにも菊の葉という感じの味で苦くておいしくありません。
軸をセロリのように使います。
見かけよりも柔らかく、生でも、炒めても、煮ても良し。
セロリよりも苦みがなく、不思議なことにやや塩味がします。
フキの茎のような感じもします。

今回は下の画像のようにサラダ用スティックと輪切りにして味噌汁の具にしてみました。
野のアザミよりもさすが野菜としてのアーティチョークですから、葉もじゅうぶん野菜として通用します。

     
 

★アザミの若葉は味噌汁に 


            ノアザミ             ノアザの味噌汁

昔、「あざみの歌」を愛唱したことがあります。
あざみの花に託した秘めたる恋を歌ったもので

               作詞:横井弘、作曲:八洲秀章、唄:伊藤久男
  山には山の愁いあり
  海には海のかなしみや
  ましてこころの花園に
  咲きしあざみの花ならば
                 曲はこちら→●

その頃はあざみが食べられる野草だとはつゆ知りませんでした。
葉にきついトゲトゲがあり、軍手でも突き抜けてしまうので採集には注意が必要です。
トウが立つ前の柔らかな新芽ならば、あざみの種類を問わず食用になります。

春の野草の例にもれず、苦みがあります。
天ぷらにするならば、苦みもトゲトゲも気になりません。
味噌汁の具にしてみましたが、洗ってそのまま具にすると苦みがきついでしょう。

適当にざく切りし、湯通しして軽く絞り味噌汁に入れると、春の味噌汁の味となります。
あまり湯がき過ぎると苦みがなくなり間抜けな感じになりますから、その辺は経験ですね。
トゲも気になりません。

あざみの種類は日本に60種類といわれており、その識別はとても難しい。
けれど春に咲くあざみは1種類、ノアザミ(ノハラアザミ) だけですから間違いようがありません。

もう一つ、一見するとあざみのような ヒレアザミ があります。
分類学的にはアザミとは異なるというけれど、外見上はあざみです。
これは葉だけではなく茎にもトゲがあり、しかも茎には翼のようなヒレヒレが付いているので、これも迷わず ヒレアザミ だと断定できます。

ノアザミは5月になると紫の花を咲かせます。
今咲いている黄色で、タンポポに似た花、ギザギザの葉は ノゲシ です。
ノゲシのトゲは痛くなく、きついトゲがあるのはオニノゲシ。
ノゲシの葉はノアザミよりも広く柔らかく、花も葉も食べることができます

キク科の仲間はどれも食用になります。
タンポポは花も葉も根も食用になることはよく知られており、食用菊もあります。
野草は苦みがあるので好みの差が大きいでしょう。
あざみの根は漢方では高血圧などに使われますから、葉だって多少は役に立つかと思います。
 
 

★花見、長光寺の枝垂桜 


  23日(土)の景色です。まだ人は多くない。

東京の桜が満開だというので、一昨日の土曜日にあわてて花見に行きました。
上野のような雑踏じゃ花見になりませんね。人を見に行くようなものです。
長光寺は車で1時間15分。千葉県山武(サンム)市にあり、その樹齢約300年余のウバヒガンシダレザクラの巨木は市の文化財に指定されているそうで、なかなか見事です。

桜色というのでしょう、薄いピンクに色づいた無数の花が枝垂桜ですから、まるで流れ落ちる滝のように咲き誇っています。
当日は六分咲き程度でやや迫力に掛けますが、風に花びらが散る風情は何とも言えません。
ベンチに腰かけて串団子を頂きました。

   ねがはくは 花のしたにて 春死なん そのきさらぎの 望月の頃   西行法師

本日(3/25)は旧暦の2月14日で月齢13.3。
あさって(3/27)が旧暦の如月16日、月齢15.3。
西行の命日は文治6年(1190年)2月16日で、まさに「如月の望月の頃」でした。
「花」は一字で桜を意味しています。

激しく落ちる滝と飛び散るしぶきを思わせる枝垂桜の花吹雪の中にいると、団子を食いながらも、西行を思い出してしまいます。
先日読んだ本、『どうせ死ぬならガンがいい』(宝島新書)によれば、
死期を悟った西行は、満月から逆算して「水絶ち」したのであろうとありました。
苦しみもなく、枯れるように旅立てると著者である二人の医者が言っていました。

そういえば秀吉の妻ねねも死期を悟ってから絶食したと伝えられています。
二人の医者は「食べないから死ぬのではなく、死ぬ時期だからもう食べられないのだ」と言っていましたが、西行、ねねの終活は現代人にも大いに参考になります。
ねねは旧暦9月6日が命日で、その頃の京都は紅葉が美しい季節です。

さて外出するとロクなことがありません。外出先での不粋な話を二つ。

問1)山武は「さんむ」と読むのか「さんぶ」と読むのか?
  山武市は「さんむし」と読みますが、市立の公園は「さんぶの森公園」。
  ひらがなで「さんぶ」です。
  近くのIC「山武成東」は「SANBU/NARUTOU」だから「さんぶ」。
  「さんむ」か、「さんぶ」か、どちらでも良いから統一してもらいたい。

問2)灯台を英語で何というか?
  a lighthouse でしょうね。同名の高校生向け英和辞典があります。
  fire は灯というよりも火、炎、火事。 a fire fighter、a fireman で消防士。
  fire tower だと 「炎の塔」だが、善意に訳せば「火の見櫓(ヤグラ)」。
  下の画像は「太東灯台入口」の信号。英語表記に注目ですね。
  千葉県警の英語力は中学生に劣ると疑われます。
  Fire Tower の表示がずっと国道に掲げられたままなのに気にならないようです。

  

★疱瘡(ホウソウ)神社(5)疱瘡大明神 


  長志香取神社境内の疱瘡大明神  

いすみ市長志はいすみ市でも純粋に農村地帯に当たり、左右に田んぼが広がった国道をドライブするのは気持ちの良いものです。
やがて長志上区公会堂を西に折れると突き当りに香取神社が見え、そこまでは一車線の農業用直線道路で、対向車が来ないことを祈ります。

香取神社は古びていますがこれまた立派な神社で、二抱えもあるご神木が何本もあるので数百年の歴史があるのでしょう。
この神社の裏手に崖をくり貫いて末社が三社ほどあります。一番右側の小型の石造りの祠(ホコラ)には「疱瘡大明神」と刻まれており、建主は「長志本村中」。右側には「文政四年」とありますから1821年のことになります。

日本では、人間と社会に多大なる利益をもたらすのは神。甚大な損害もたらすのも神。すさまじい勢いで人知を超えた存在はすべて神様になります。
いったん流行すると手におえない疱瘡(天然痘)は人類史上まれにみる凶悪な疫病で、まさに“疫病神”、疱瘡神によってもたらされると信じられていました。

この疫病神は“疱瘡大明神”として拝み奉(タテマツ)ることによって、疱瘡を鎮める偉大な“医療神”に変化します。
それは“怨霊”が神として尊敬され丁寧に扱われると機嫌がよくなり“守護神”に変化すると信じられたことと同じです。

菅原道真の怨霊が天神様として学問の神様になったように、疫病神も疱瘡大明神に出世すれば疫病を抑え込む神様になってくれると信じたのですね。
大明神という称号は、豊臣秀吉が死後、豊国大明神と称されたのが有名ですから疱瘡の神様もたいしたものです。

そんな大明神に願掛けせねばならぬほど江戸末期には、一見するとのどかな農村地帯にも疱瘡が大流行して死者が続出したのでしょう。
今生きている人々の一縷(ル)の望みとして“疱瘡大明神”がありました。

日本で初めて種痘が普及するのは1849年、佐賀鍋島藩において。
千葉県でも同年末には佐倉藩の順天堂で無料接種が行われますが、副作用も大きく、当時は牛を利用したワクチンであったために“種痘を受けると牛になる”と恐れられました。
1821年当時の長志村の人々は天然痘ワクチンの話など夢にも思わなかったことでしょう。
国民全体が種痘を受けるようになったのは明治42(1909)年の「種痘法」成立以後のことです。

1972年夏ごろには「疱瘡はほぼ制圧された」のですが、まれに起きる接種による副作用の方が多いとして種痘が次々に中止になります。
それ以後生まれた人は接種を受けていないので、腕の接種跡があるかないかでアラフォー世代の年齢がある程度推察できてしまいます。

 

★絹サヤの花 


  マメ科特有の蝶が羽を広げたような赤い花

絹サヤには赤花と白花がありますが、食べる時はどちらだったか判らない。
赤花は人目を引く華やかな印象があり、白花は控えめで清楚な感じがする花で、どちらが良いとは必ずしも言えません。

毎年、上部はヒヨドリに食い散らかされ、地中はモグラの通路になっているのに今年は無事に大きくなった株が多いのは幸せなことです。
隣地との境界線近くに連作しているけれど何の問題もありません。
少々収穫量が減ったかなと思われるので、生ごみ堆肥をばら撒いてやることにしましょう。
いくらなんでもほったらかしで収穫だけを期待するのはムシが良すぎます。

絹サヤと称するのは、サヤとサヤが触れ合った時に衣擦れのようなキュッキュという音がするからだと言われますが、宣伝文句ですね。さほど実感したことはありません。

サヤはサヤエンドウの略で、サヤごと食べるエンドウマメの意味。
エンドウマメを大きく育てればグリーンピースになりますが、まだ若いうちに収穫してサヤごと食べることを前提に特化した品種がサヤエンドウです。
したがってサヤエンドウをいくら育てても米国産グレーンピースのようにはなりません。

エンドウマメを漢字で書けば、遠藤豆ではなく、豌豆と中国式に二文字で書くのが普通です。
豌豆の豌は豆偏に宛と書き、豌(エン)+豆(ズ=トウ、ドウ)でエンドウですから、さらに豆を加えて豌豆豆ではマメが重複してしまいます。
聞いて意味の分かる日本語として通用するためにはマメという単語を加えたのはまぁしょうがない。

宛いう字は、「曲がる」「曲がりくねる」などの意味があるので、豆偏に宛の文字は蔓(ツル)が曲がりくねって延びる豆という意味になります。
このくねくねとした曲がり具合を女性に見立て、なよなよとした深窓の令嬢を思い描いたとか、美人の眉を想像したとか言われています。

赤花にせよ白花にせよ、美しい女性のイメージがあるのに、それを若いうちに収穫し、しかも衣擦れの音がするというのはどういうシチュエーションを前提にしているのでしょうかね。
アブナイ、アブナイ。

 

★春の庭はにぎやか 


  一番美しい季節の、何有荘で一番晴れやかな場所です

何年か前のNHKの朝ドラ、若い女性落語家が主人公の番組で、
師匠役の渡瀬恒彦が演じた『愛宕山』は本職はだしだと話題になりました。
本当に春爛漫の風景が眼前にあるようで印象深いシーンでした。

  野辺へ出てまいりますと春先のことで、
  空にはひばりがピーチクパーチクピーチクパーチク、
  下には蓮華・タンポポの花盛り、
  陽炎がこう燃え立ちまして、
  遠山にはすーっと霞の帯を引いたよう、
  麦が青々と伸びて菜種の花が彩っていようかという本陽気、
  やかましゅう言うてやってまいります、
  その道中の陽気なこと

いすみ市でも高い空にヒバリが鳴き、モクレンの花が真っ盛り。
カモが騒ぎだし、アマガエルもにぎやかになりました。
チョットコイ、チョットコイと鳴くのはコジュケイ。
ホーホケキョはもちろんウグイス。それはやかましいくらいにぎやかな季節です。
のら猫がニャーニャーと歩き回り、ハックションハクションとは花粉症の人。
レンゲはありませんがタンポポが咲き、キャッツアイことオオイヌノフグリが野に広がっています。
麦も青々と育ち、菜の花もまるで「炒りたまご」のようなおいしそうな色で咲いています。

何有荘でも画像のように黄色のレンギョウ、ピンクの玄海つつじ、白と黄色のラッパスイセンが咲きそろい、昨日の墓参りに花を添えました。

ところでヒバリはピーチクパーチクピーチクパーチクと鳴くのですか?
わたしは美空ひばりの歌になじんでいるのでまったく違和感がありませんが、上方落語に詳しい人は「チュンチュン」のはずだと主張します。
チュンチュンは関東ではスズメの鳴き声です。
その地方によって鳥はどのように鳴くのか、聞こえるかには差があるようです。

鳥の鳴き声といえば印象的なシーンが1971年の国連デーでありました。
ニューヨークの国連本部で行われた国際平和賞授賞式の席上で、94歳のスペインの名チェリスト、パブロ・カザルスが行ったスピーチの締めくくりの言葉。

   “カタロニア地方を飛ぶ鳥はピース、ピースと鳴くのです“

 

★野草――スイバの楽しみ 


   畑のスイバ     スイバとキュウリのおひたし      スイバジャム

春になると越冬してきたスイバが元気になり、あちらこちらで目立ち始めます。
スイバは見た目は強よそうな雑草で、これを食べると言うとまるでゲテモノ食いのような目つきで見られますが、フランスでは “オゼイユ” というありふれた野菜だそうです。

オゼイユと同じかどうか知りませんが、庭にはフレンチソレルというハーブが育っており、学名を調べるとスイバの同類だということがわかります。
見た目も日本のスイバとそっくりですから、「同じだ」と言っても良いのでしょう。
ホウレンソウにもいろいろ種類がある、だけどホウレンソウだという程度の差です。

スイバは “酸い葉” ですから非常にすっぱく、シュウ酸が多いのでたくさんは食べられません。
ちょっとかじってみれば、ペッペッと吐き出したくなりますが、むかしの飢えた餓鬼坊主どもはこれを道々かじって歩いたと伝えられています。

これを細かく刻んで火にかけるとあっという間にとろけ、生クリームと合わせてソースにし、サーモンフライにかけて食べるのが定番だそうです。

◆スイバのおひたしの作り方
 1.柔らかそうな葉を摘み、よく洗い、1~2cm幅でスライス。
 2.キュウリもスライスしてスイバと合わせる。
 3.酢と塩を適量ふり、よく揉んで絞って出来上がり。

◆スイバジャムの作り方
 1.柔らかそうな葉を大量に摘み、よく洗い、1~2cm幅でスライス。
 2.水滴がついたまま鍋に入れ、同重量の砂糖を加えて1時間放置。
 3.ほんの少々水を加えて火にかけるとあっという間にとろける。
 4.よくかき混ぜて繊維をほぐし、煮詰まったら甘酸っぱいジャムの出来上がり。

越冬中のスイバは赤い葉をしており、これをジャムにすると赤いジャムとなり素敵です。
春の緑の葉を使ったジャムは、火にかけたとたんに茶色に変色し、出来上がったジャムはまるでワカメジャムのような感じですからちょっと気が引けるけれど、オイシイですよ。

ルバーブジャムが世間で人気です。ルバーブもスイバも同じく蓼(タデ)科です。
だからどちらのジャムも甘酸っぱく、同じような味がします。

“蓼食う虫も好き好き”なんて言われても、お奨めの野草料理です。

 

★発芽黒米の作り方 


  ポチっと発芽すればOKです

 1.ザルに黒米を入れて優しくゴミなどを洗い落とす。ゴシゴシはダメ。
 2.下に滴り落ちるシヅクをボウルで受け、適当なフタをかぶせる。
 3.朝晩水に浸してすすぎ、引き上げてまたザルをボウルに入れフタをして2~3日。
 4.ポチッっと芽が出てくれば出来上がり。大きく長い芽にする必要はない。

発芽玄米も発芽大豆もこの方法でできます。
金時豆の甘煮を作った時もこのポチ発芽の金時豆を使いました。
水がにおったり、かびたりすることがなく、室温放置で発芽するので手軽な方法です。

黒米は里山ボランティアの仲間といっしょに耕作放棄地を借りて作ってきました。
仲間だけでは食べきれないので小袋詰めにして直販店などに卸して「里山の会」の維持費の一部に充てています。
仲間のひとりYさんは最近、長年の夢であったパン屋さん 『あん里山』 をオープンしました。
そこのパンには黒米粉が入っているのが特色で、なかなか地域の評判も良いようです。
また製粉した「黒米粉」も販売しています。

わたしたちの知人・友人にも黒米ファンが増えました。
お米1~2合に大さじ1杯を入れて普通に炊けば、あらまぁビックリ、お赤飯のようなピンク色になり食感ももっちりしています。
その食べ方をもう一工夫してみようとして発芽黒米にしてみました。

黒米は古代米の一種で、元々もち米で、普通のもち米の玄米よりも圧倒的に黒い。
ヌカの部分にポリフェノールいっぱいの黒い色素が多量に含まれており、もしも精米したら白いもち米になってしまいます。
つまり精米しないで黒いまま、玄米のまま使うのが黒米の特徴です。

玄米が体に良いのは分かっていても、消化の問題で下痢気味になり、玄米食をあきらめる人がいます。
そのためにスプーン1杯しか使わないのが黒米の普通の食べ方ですが、発芽黒米にすることによって消化の問題を突破することができます。
発芽黒米は食べやすく消化しやすく、さらに栄養素も増します。
黒米をいつも使っている人は、ちょっと手間がかかりますが発芽黒米を試してみてはいかがでしょうか。