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★冬の小松菜、元気に育つ 


   ヒヨドリよけにネットを張った

キャベツやブロッコリーの苗は売っているけれど、ホウレンソウや小松菜の苗は売っていません。
家庭菜園では種から育てることになります。
これは11月5日に種まきをしたもので、立派に育ちました。

小松菜の栽培はやさしいという人がいますが、それはきっと農作業に慣れた人には、の話でしょう。
シロウトにとっては、小松菜の栽培はむずかしい。青菜の栽培はむずかしいのが実感です。
特に無農薬、無耕耘、無肥料などという無茶な心願を立てていたので何度も失敗しました。
虫に食われ、鳥につつかれ、生育不良であったりとガッカリの連続でした。

今回うまくいったのはなぜだかわかりません。
画像のように雑草共生栽培で、雑草は抜きませんが、野菜の成長の妨げになるほど大きくなれば上部をカットして畝に置いてきました。時々米糠もまいてきました。
そんなことを続けていたので畑の土の質が良くなってきたのではないかと想像します。

もう一つの理由は 「秋まき」 であったことかなと思います。
秋まきの場合、葉や根を食い荒らす虫どもが発生しない時期です。

ところがヒヨドリのエサ不足の時期とは重なります。
ヒヨドリが好む青菜があり、ブロッコリーの実(ツボミ)は全く無傷なのに葉はボロボロにされます。
ケールの葉も大好物でボロボロ。絹サヤ、キャベツの葉もやられます。
一方、同じアブラナ科なのにカツオ菜には全く手をつけません。
何の差なんでしょうかねぇ。

庭にはメジロのためにミカンを置いてあり、それを狙ってヒヨドリが来ます。
ヒヨドリに横取りされぬように設置すると、ヒヨドリはホバリングしてミカンをつつきます。
ところがそれは疲れるらしく、ミカンをあきらめると腹いせのごとくケールや小松菜を荒らし始めて困ります。それはもうものすごい勢いです。
それで寒冷紗ネットを張りました。
ネットで保護され丈夫に育ったのでしょう。

自然栽培と称する手抜き栽培でも、野菜を確保するためには多少の手間暇はかけねばなりません。

 

★三五八(サゴハチ)を作る

塩麹の元祖ともいうべき“三五八”を作ってみました。
塩:麹:米を3:5:8で作るから サゴハチ という漬け床です。
米(ご飯)を加える点が塩麹とは違った特徴です。

もしも塩を加えず、麹と米だけで作る漬け床は『べったら漬け』の漬け床になります。
さすが日本は麹文化の発達した国だけのことはあり、いろいろあります。
甘いべったら漬けと塩気があるサゴハチと、どちらが江戸風、どちらが東北風かわかりますね。
汗水流して働く東北の人には塩気のある漬物が好まれ、商売で儲ける江戸商人には甘いべったら漬けが好まれたのでしょう。

厳密に3:5:8で作らなくとも良く、減塩指向で塩の量が最近は減っているようです。
米はうるち米でももち米でも良く、もち米だと甘さが増します。
麹との比率も、麹よりは米の方が多いというアバウトな感じでOK。

サゴハチの作り方
 【材料】塩80g 米麹150g ご飯240g

 【作り方】
1.炊き立てご飯がひと肌に冷めたら麹を万遍なく混ぜ50℃程度で10時間ほど保温する。
2.塩を万遍なく混ぜ、3~10日ほど室内保存で出来上がり。
  混ぜた当初は塩気がとがっているが、数日たつとなじんでいます。

 【漬け方】
野菜に軽く塩をしてあらかじめ水を出し、三五八を塗り、ラップし冷蔵庫で1~2日漬ける。
糠漬けのように漬物材料を床に入れるのではない。
漬物を作る度に、床から一掴みほど取り出して使う点が塩麹と同じです。

むかしは麹が貴重品で高価なものでした。それをお米で拡大再生産する方法は庶民が編み出した創意工夫でしょう。
そこに塩を加えて保存性を高め、必要な塩分を補給したのは内陸部の農民でしょうね。
ネットが発達したおかげでいろいろな食べ方に出会えます。

 

★春の野のスミレ 


   たぶんタチツボスミレ(立坪菫)

早春の里山にスミレが一株咲いていました。
スミレの種類はとても多く、種の区別がなかなか難しい。この里山でも何種類か確認していますが、ほとんどタチツボスミレです。
立坪の「坪」とは「坪庭」という単語があるように、庭の一区画という意味でしょう。
庭にも咲くスミレだから「坪菫」。
花が咲き終わると株全体が大きく成長して立ち上がるので「立坪菫」。
大きくなると可憐なという印象からはだいぶ遠くなります。

   春の野に 菫つみにと 来(コ)し我そ 野をなつかしみ 一夜(ヒトヨ)寝にける
                                       万葉集8-1224 山部赤人

スミレを摘みに来たが春の野の素晴らしさに心を奪われ、帰りそびれて野宿してしまった――と読めますが、寝袋を用意していても春の夜を野宿するのは寒すぎる。
ホームレスじゃあるまいし、最初は日帰りの予定だったが近くの宿で一泊した、のが実情ではないでしょうか。おなかもすきますしね。
それほど苦労してスミレを摘んだのですよと意中の人に言いたかったのでしょう。

赤人はなぜスミレを摘みに来たのでしょうか。
万葉の時代にはスミレを摘む習慣がありました。若菜摘む習慣の一種です。春の菜は精気にあふれ健康に良いとされていました。実際、薬用植物の一種に指定されています。
また現代でもエディブルフラワーとして利用されています。
意中の人に美容と健康にスミレをどうぞ、とプレゼントしたのでしょう。

   山路きて なにやらゆかし 菫草(スミレグサ)       松尾芭蕉(野ざらし紀行)

こちらの句の方が好きですね。
あらゆる説明を省いた率直なつぶやき、それが万人の心を打ち、共感を呼びます。
どうしてこんな所にこんな美しい花がひっそりと咲いているのだろう、
人に知られないでも嘆きもせず、恨みもせず、無駄なあがきもせず、そんなことは関係ないよ、自分がしっかり生きればいいんだよとお説教もせず…。

野の花にも美しさを感じ敬意を表する、そんな感性を持ち続けたいものです。

★手前蕎麦はおいしい 


里山仲間で「そばクラブ」を立ち上げたのは昨年2月のことでした。
それ以来毎月、仲間内で蕎麦を打ち、蕎麦を賞味する会を開いています。
「挽きたて」「打ちたて」「茹でたて」の“三たて”が蕎麦の一番おいしい食べ方だと世間では言います。そんな蕎麦を食べたいという崇高(?)な目的で始まりました。

もちろんシロウトが集まった烏合の衆ですから 「太くて短く、生煮え・ゆで過ぎの蕎麦」を覚悟の上での出発でした。
セロ弾きのゴーシュよろしく、毎回のように食べてくれる仲間に励まされて1年。
最近は仲間から本音(?)でお褒めの言葉を頂けるようになりました。
もっともわたしは周りでウロウロしているだけで何の役にも立っていませんが 仲間に入れてもらっています。

画像上段の蕎麦の丸実は仲間のザッキ―が育てて収穫した実が持ち込まれました。
これをヨッシー持参の家庭用電動臼で挽き、メッシュ60の網でふるい、さらに何回か挽くと「挽きたて」の打ち粉とそば粉になります。

もちろん、それだけでは足りないので各地産の市販のそば粉も使います。
今回は「カナダ産」のそば粉も登場しました。いろいろあるのも面白い。
ここからが「打ちたて」作業。なかなか奥が深くてやりがいのある工程です。
こねて丸めて伸ばして切る――簡単なようで難しい。
道具も大事ですね。歯がこぼれた包丁だと切ったようでも切れていませんでした。

さて、チンチンに湧いた湯に蕎麦をくぐらすけど何秒?
まったく訳も分からずこんなもんだろうで引き上げて冷水に取り、さらに氷水にとって締め、
水をパッパッと切ってザルに盛って一応「ゆでたて」のできあがり。

一方、おかずの準備も並行して行われます。
2月の蕎麦会は「あったか漬け汁」にしました。「牛肉キノコ汁醤油味」で、鰹節と昆布で出汁をとってあります。
それに紅白蒲鉾と小松菜、鶏卵もつきました。
これだけ努力しているのですから「なんだ、この蕎麦は」とは言いくたとも言えませんヨネ。
しかも会費は1回400円ですから。
蕎麦打ちの人も、何もしないで食べるだけの人も里山の会の会員ですから同額です。

里山の会の会員でなくとも、蕎麦打ちをしてみる、あるいは後片付けを手伝ってくれる人ならば同額で良いのではないかと思っています。
なにせシロウトの趣味の同好会ですから。

昨年は気候のせいにしていますが、蕎麦の撒いた種と収穫量がほぼ同量というさんざんな結果でした。
それでも今年は蕎麦の作付面積をヨッシーはさらに増やす予定です。
悔やむことが多いほど次回への励みとなるという仲間の前向きの姿勢に励まされています。
こちらに居を構えるまで、このような世界が広がるとは思ってもいませんでした。

 

★星はスバル 


  スバルのみつけかた

いすみ市は星の美しい地域で、天の川さえうっすらと見える夜は度々あります。
その星々の中で“星はすばる”と清少納言に讃えられたスバル(プレアデス星団)を南の空に見つけると本当にうれしくなります。
スバルという星はなく、6個の星のまとまりをスバルといい、昔は“須八流”と書いたそうです。
某自動車のエンブレムも六星ですね。

明るい星はなく、ボヤボヤっとひとまとまりに見えますが、目が慣れると5~6個の星が見えます。
谷村新司の“昴”で有名になり、昴という漢字もなじみになりました。
オリオン座を見つけてから、視線を画像のように移していくと発見できます。
今晩の6:30~、真南の天頂近く、アルデバランとスバルのほぼ真ん中に木星がビカーッと輝いており、それも探す目印になります。

ギリシャ神話では女たらしの狩人オリオンが、月の処女神アルテミスの侍女であるプレアデス姉妹を見つけて一目ぼれ。姉妹は逃げたが捕まりそうになり、姉妹は鳩に変身して逃げるもあわやという時にゼウスによって夜空の星になった――そうです。

日本の農家では、蕎の種をいつ撒くべきかを知らせる目印星として「すばる」がありました。

    「すばるまんどき(満時) こ(粉)八合」

「すばる」が南中した時が「まんどき」で、夜明け方に南中したときに蕎麦を蒔くと最も良く実り、一升の実から八合の粉がとれるという俚諺(コトワザ)で、長野県、静岡県、奈良県、山口県などに伝わっていたそうです。似たようなことわざは各地にあります。
天文ソフトで調べてみると9月上旬に相当しました。

麦蒔きの場合は、「すばるの山入り麦蒔きの句」          (静岡県)(福島県)
稲刈りについて「シンマリさんが宵の口にでるようになったらぼっぼつ稲刈りをする」 (山口県)
里芋の植え付けは、「すまる九つ八つがしら」              (兵庫県)

あの星と指定してもどの星? なかなかみんなの共通認識になりません。
あそこにゴチャゴチャした星があるだろう。あれがすばるだよ。あの星がなぁーというぐあいに農民の間で言い伝えられてきた星がすばるでした。

昔は夜空がもっともっと澄んでいましたから現代よりもずっと目立つ星だったのでしょう。
今晩のいすみ市は晴れの予報です。探してみてください。

  

★春の野で若菜摘む 


   ハハコグサ(春の七草ではゴギョウという)

南房総のスイセンが3週間遅れで満開となったと報道されていました。
いわゆる“春の七草”も遅れに遅れ、ようやくゴギョウ(五行、母子草)が顔を見せる程度です。
昨日は大雪の予報がはずれて雨。
植物にとっては恵みの雨となり、カエルたちにとっては目覚めを促す雨となりました。
桜田門外で井伊大老が暗殺されたのは新暦で言えば3月24日ですから、春とはいえ、まだこれからも大雪ということはありえます。

  君がため 春の野に出でて 若菜つむ、わが衣手に 雪は降りつつ     光孝天皇

光孝天皇は実際には袖をぬらさず、お付の者に命じて採集した若菜を誰かさんにプレゼントした時に添えた和歌だと思われます。
若菜は冬のものみな枯れている野にいち早く芽生え、生命力があるとして尊重されました。

あなたの健康、不老長寿を祈ります。あなたのために私が雪の中で摘んできました--という内容ですから“君がため”の“君”とは女性と見た方が自然でしょう。

歌の作者、光孝天皇は第58代天皇、まだ親王時代の歌です。
前任の第57代天皇は陽成院で、百人一首の次の歌の作者として知られています。

  つくばねの 峰よりおつる みなの川 恋ぞつもりて 淵となりぬる

その陽成院は7歳で即位し、15歳で退位します。
やんちゃな天皇で、宮中での殺人事件に関与したらしく、時の朝廷の実力者であった藤原基経によって若くして強制的に退位させられました。
次の天皇を誰にするか、基経が擁立した人物に人々は驚きました。なんと三代も前の第54代仁明天皇の第3皇子・時康だったのです。
当時としては老齢の55歳での即位は異例です。
朝廷内の傍流としてひっそり暮らしてきた親王を基経は御しやすい人物と見たのでしょう。
実際、即位後は政治をすべて基経に任せたと伝えられています。

そして陽成院の子孫は誰一人として天皇に即位することはありませんでした。
こうして藤原氏独裁が不動のものとなっていきます。

光孝天皇がまだ若く、時康親王だった頃の“君がため―”の歌には暗さはまったくありません。
青年貴公子のはつらつとした輝きが感じられます。
その後の人生を考えると、果たして天皇になったことは良かったのかどうか。
“君がため―”の歌の頃が一番良かったと思っていたのではないでしょうか。

  

★酒粕を使った「炊き込みご飯」 

 

新酒が出回り、新鮮な酒粕もスーパーの棚に並んでいます。
いすみ市には酒蔵もありますので地元の酒粕、しかも大吟醸の酒粕を奮発しました。
酒粕は栄養たっぷりで しかも万能調味料です。

【材料】
米2合 酒粕20g 出汁醤油大1 白味噌大1.具材は適当に。庭の菜花を飾りました。

【作り方】
1.酒粕はできるだけ細かく切り、味噌と一緒に出汁醤油で溶かす。
  酒粕は多すぎない方がしつこくなくていいと思います。
  少しチンすると溶かしやすくなります。
2.本格的に出汁を取るのは面倒なので市販の出汁醤油(つゆの素)で代行。
3.具材は冷蔵庫の在庫一掃。豚小間か鶏肉があるとちょっと豪華。
4.全部ぶち込み、水の量を調整して炊飯器の「炊き込み」ですべて完了。
  春らしく庭の菜花のツボミを載せました。

塩麹、醤油麹はとても素敵で何有荘でも時々使います。
それと比べると酒粕の人気はイマイチですが、昔から調味料として使われてきました。
酒粕を“甘酒”の材料と思っている人がいます。
酒粕はけっして甘酒の材料に甘んじるものではありません。
味噌汁に、野菜炒めに、煮物に、焼き物にちょこっと使えばまるで別の料理になってしまいます。
もちろん漬物にも使いますよね。粕漬けです。
先日は味噌と合わせて牡蠣を漬けました。これを焼いて食べたら…。
こういう牡蠣の食べ方を知らない人は人生を損していると言いたいくらいです。

◆いすみ市をコウノトリが住む町にするというシンポジウム(2/2)傍聴雑感
兵庫県豊岡市、千葉県野田市の市長さんによる、
自然環境保全は経済活動と対立するものではなく、“欲と道連れ”で広まるという発言は現場実践者の発言として重みがあります。
綿密な計算と展望、そして強力なリーダーシップが感じられました。
自然農法家は変わり者が多く、自己満足的。JAも無視せず対立せず、団結して地域発信力、ブランド力を持ち、ある程度の量を安定的に供給できる体制づくりができると良いという話もなるほどなと思います。
最後に、JA幹部が「ちょっとその気になりました」という発言に拍手がおきました。
課題は山積し、その方向が見えたわけではありませんが、「学び、夢を語り、実践する」という提案が拍手で了承、納得できたのは良いシンポだったのだと思います。

  

★プリプリの牡蠣四品


  焼き牡蠣  グラタン

兵庫県赤穂の知人からプリプリの牡蠣が届きました。
赤穂の坂越湾は日本有数の美しい海岸でおいしい牡蠣の産地。
今の時期は産卵準備で一番身が大きくなって味が豊かになっており、港からの直送ですからもう箱を開ける前から舌なめずりです。

まずはSimple is the best.「焼き牡蠣」。
フライパンに水を引き、凸面を下にして蒸し焼きにします。
生でもOKですから火を通しすぎぬのがコツ。
牡蠣のフタが開いたらナイフを平面に沿って入れ、牡蠣を下の凹面に落としてできあがり。
アツアツに“簡単柿酢”を垂らして…。もう最高です。        簡単柿酢→●

二品目は「牡蠣のグラタン」です。
ストックボックスにホワイトソースの缶詰があったので、これも超簡単料理です。
玉ねぎ、シメジ、ベーコンそれに畑の小松菜。バター、白ワイン、塩胡椒で炒めて味付け。
冷蔵庫にあったピザ用チーズを使いました。
海のミルクといわれる牡蠣とグラタンの相性は It’s so goooood!!

三品目は「カキの酒粕味噌漬け焼き」
酒粕と味噌は1:1。酒粕は適量の味醂でゆるくします。
タッパーに酒粕味噌を敷いてガーゼをかぶせ、牡蠣を並べて置きます。
ガーゼをかぶせてまた酒粕味噌を載せ、半日~丸1日漬け込めばOK。
フライパンにオリーブオイルを垂らし炒めて召し上がれ。
これも文句なしの味。
※残った酒粕味噌は鍋に利用します。
    「だし汁+酒粕味噌+豆乳」の鍋は万能鍋。具は牡蠣、豚肉、鶏肉なんでもござれ。
     白菜、大根など冬野菜をたっぷりどうぞ。
     よくぞ日本に生まれけり――のすばらしい味です。

さて四品目は「牡蠣フライ」
これは説明不要ですね。自宅で作った牡蠣フライがなんて言ったって一番おいしい。

昨日が立春なのにここ数日、春本番のような暖かな日が続いています。
牡蠣をほおばりながら「幸せだなぁ」とつぶやきました。
もっとも又雪だという話。なかなか順調にはいかないようです。
 

★ようやく春立ちぬ 


  庭のフキノトウ

春らしい景色はないものかと散歩しましたが今年は本当におかしい。
オオイヌノフグリは花を咲かせてはいるものの、わずか数輪。
ヒメオドリコソウの花も貧弱で、春になったうれしさが画像には現わせません。
がっかりして戻ってみると、庭にフキノトウが顔を出しているのに気づきました。

植えたわけではなく、勝手に生えてきたので採集に行く手間が省けて助かります。
冬の内から芽を出していましたが、固く閉じていました。
それがここ数日の暖かさで苞(ホウ)が開いたのでしょう。
ただあまりに貧弱で摘み取って“フキ味噌”にするには躊躇します。
これは立春記念とし、新たに芽生えてくる芽を楽しみとしましょう。

昼の時間が一番短い冬至の頃と較べるとすでに2時間近く昼の時間が延びました。
冬至から節分までの春を待ち望む気持ちが“日脚伸ぶ”という季語になります。
昼の時間は夏至まで伸び続けるけど そこまで“日脚伸ぶ”とは言いません。
立春を過ぎると“日永”という季語を使います。
別に俳人じゃないから 使い分けにあまりこだわる必要はないと思いますが。

“日脚伸ぶ”と似た言い回しが“光の春”。
これはロシアの言葉だそうです。
高緯度地方で暮らす人は冬至が待ち遠しいことでしょう。冬至を過ぎれば日脚が長くなるからです。
だからクリスマスがあり、クリスマスは古代の新年の行事でした。
クリスマスと正月は一体のものです。

ところが日本では(中国文化圏では)立春をすぎた新月の日が1月1日(元旦)となります。
今日の明け方にはまだ下弦の月が輝いており、元旦は2月10日までお預け。
夜のピークが冬至、寒さのピークが大寒。
寒さのピークは終わった、サァ春が始まるぞという日が“立春”
旧暦では立春と新年が一体のものだったわけですね。

実際には“春は名のみの風の寒さや”が続きますが、それはもはや“残寒”であり“余寒”に過ぎません。
寒くたってもう冬ではないぞと昔の人は励まし合ってきました。

「雪が解けると何になる?」→「春になる」と答えた子が×をもらったことが話題になったことがありました。
日本では日脚が伸びたから春なのではなく、暖かくなったら春なのです。
寒さのピークが過ぎた記念すべき日、それが春立つ日、立春です。
今日から本格的な春への旅立ちが始まります。
ようやくフキノトウの季節になりました。

 

★サルタヒコの星、アルデバラン 


  『星座で読み解く日本神話』(勝俣隆:大修館書店)挿絵より引用
  オリオン座はアメノウズメ座。おうし座のヒアデス星団はサルタヒコ座。

サルタヒコ(猿田彦)と言っても知らない人が多いかもしれません。
『古事記・日本書紀』の神話に登場する国津神(クニツカミ)=土着の神様です。
その容貌は“鼻の長さ約1.2m、身長は約12.6m近い。
しかも、“口と尻は明るく光っていて、目は丸く大きくて真っ赤な酸漿(ホウズキ)のように照り輝いて天地を照らしている”といいますから巨大な猿の化け物といったイメージの神様です。

―――アマテラスの孫・ニニギが天上から地上に降臨する際、天の八街(ヤチマタ)という場所で天地を照らす未知の神が一行の進路を妨げた。
ニニギはアメノウズメという女神を送って交渉させ、未知の神=サルタヒコを懐柔することに成功する。
サルタヒコは一行を地上まで道案内をした―――

この話からサルタヒコは「道案内の神・道の神」という性格が与えられます。
上総のはだか祭として有名な「上総十二社祭」でもサルタヒコが露払い、道案内に立ちます。
もっともまるで天狗様の格好ですから、天狗様と誤解している見物客も多いことでしょう。
しかし、天地を照らしていた神様ですから、本来は地元・伊勢の太陽神に違いない。

しかしながら神話では“サルタヒコは後に伊勢の海で貝に手を挟まれておぼれ死んだ”と記述されています。
ニニギの子孫にあたる神武天皇の時代になると、神武は部下に命じて伊勢を攻撃します。
太陽神・サルタヒコの聖地・伊勢はアマテラスの聖地にすり替り、サルタヒコを信じる部族は放逐されました。
天地に二柱の太陽神はいらないとしてサルタヒコは神話の上でも抹殺されたのでした。

伊勢津彦・伊勢津姫を祖先神とし、猿田彦を太陽神とする伊勢の部族は黒潮に乗ってさまよい、房総半島に新天地を見出しました。
千葉県、特に北総・利根川沿いの地域はサルタヒコに関係深い地域で、八街市、JR八街駅まであります。
ここには古代、大海上(オオウナカミ)国があり、後に上海上(カミツウナカミ)国、下海上(シモツウナカミ)国となります。
その大海上国を建国したのはサルタヒコを主神として信仰する伊勢の部族民でした。
海上国造家の祖先は伊勢津彦・伊勢津姫とされています。
そして銚子には現在も猿田彦大神を祀る立派な猿田神社があります。
房総には猿田彦を祀る神社はけっこう多い。

長崎大学の勝俣隆氏は、その著書 『星座で読み解く日本神話』で、
 ①天の八街はと天と地の間にある通路、牡牛座のスバル(プレアデス星団)に相当。
 ②サルタヒコの赤く輝く眼はアルデバラン。ヒアデス星団はサルタヒコの口。鼻の先端が牡牛座λ(ラムダ)星。
 ③そしてオリオン座はサルタヒコに対峙した、踊るストリッパー・アメノウズメだと指摘しました。

日本神話は星座と密接な関係があると氏は言います。興味深い話でした。
挿絵は氏が描いたのでしょうか。かわいい絵です。もちろん氏の想像図ですが…。
その気になって夜空のヒアデス星団を眺めてみると、真っ赤に輝く眼を持ち、鼻が異常に長いサルタヒコの顔に見えてくるから不思議ですね。
今の時期、夜空が見渡せれば、笑うサルタヒコを見ることは容易です。