★空よりも高くアーティチョーク 

 
    もう食べごろになりました

巨大なアザミで和名は「朝鮮アザミ」
雑草だらけの畑の中でひときわ大きく目立ち、2m近くあります。
これが「草」だとはっても理解しがたく、恐竜時代の生き残りのような風貌ですが、このまま放置しておくと、藍紫色の巨大なアザミの花が咲きます。

花が咲く前の画像のようなツボミを収穫して食用にします。
可食部分は、緑色のガクに包まれた中身の、花びらを受けている部分。
丸ごとゆでたり、揚げたり、炒めたり、蒸し焼きにして食べます。

江戸時代に日本に入って来たけれど、普及しなかったのは日本人の好みの味ではなかったからでしょう。
最近は海外に遊びに出かける人も増え、わたしの友人でさえ「あれは、おいしかった」とのたまわります。チーズやオリーブオイルの味に慣れてきたからだと思います。

わたしがまだ小学生だった頃、遠足でチーズをもってきた友人がいて、ベビーチーズのようだった記憶がありますが、そのチーズをもらって食べて「変な味だ」と思ったものです。
つれあいさんの母上は都会に来たら一度ピザというものを食べたいものだと思っていたそうですが、食べてみて顔をしかめました。
わたしもふくめ、今ではチーズ味にも慣れ、味の違いにもうるさくなりましたが、昔は本当にチーズは珍妙な味としか思えなかった。
欧米人の味覚とわたしたちとは基本的なところでズレがあるのでしょう。

アーティチョークは欧米人にとっては「おふくろの味」だそうですが、まだわたしにはそれほどおいしいとは思えません。
もう少し調理・味付けを工夫すれば、これがアーティチョークの味なのかと本質がつかめるかもしれません。

食べられる機会を逸したツボミは花が開いてしまい、シーズンが終了してしまいます。
まぁそうしたらドライにして飾ってやりましょう。
大型のアーティチョークのドライフラワーはインパクトがあります。

  

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★太東海岸のハマヒルガオ 

 

3.11の津波を被りましたが何とか今年も絨毯(ジュウタン)のごとく咲いていおり、波の音しかしないここの静かな海岸に良く似合い、お気に入りの散歩コースです。
青い空にはどこかでヒバリが鳴いていて、美空ひばりとはよく言ったものです。
ヒバリのかしましいさえずりさえ、この海岸の静けさを際立たせます。

近くの特別天然記念物「太東海浜植物群落」は柵で囲われて保護されています。
ところが波の浸食がはげしく、護岸が怪しいので最近は散策路も「関係者以外立ち入り禁止」となってしまいました。
行政が必死に護岸作業をしているのに毎年どこかがいかれてしまい、毎年のように護岸工事が行われています。
護岸工事をしなければ農地・住宅地までが浸食されれるほどの波の勢いですから、それは必要な工事ですが、海と切り離された植物群落はますます陸地化し、「どこが海浜植物なんだ」と、遠くからわざわざ見学に来た人はたぶんガッカリしていることでしょう。

画像の場所は夷隅川と太平洋の相互作用でできた海岸砂丘上にあります。
したがって長靴の着用が必要ですから観光客は来ません。
浜昼顔、浜豌豆、照葉野茨、浜払子などまさに「海浜植物群」が広がっています。
天然記念物指定地域よりもこちらの方が、今やずっと貴重な存在ですが、目玉となるスカシユリがないためか、特別な保護政策は取られていません。
観光資源と着目されていないことで自然が保たれているのです。

3.11以後、ここにも行政による護岸工事が入りました。
津波は一か所でも弱い所があればそこから内陸に侵入します。だから住民の生命と財産を守るために必要な工事で、コンクリ擁壁ではなく、自然堤防をそっくりそのまま利用した点は評価できます。
しかし整えすぎてしまった気はします。浜昼顔の群落は1/3程度になってしまいました。

近い将来、銚子沖地震や東南海地震が予想される中、万里の長城みたいな擁壁でさえ津波には無力だったことが証明されてしましました。
今後どう海と付き合っていくのか、悩ましい課題です。

この海岸はアジサシという野鳥の繁殖地であり、アカウミガメが上陸・産卵する本州最北端の貴重な海岸です。今も昔もここはかれらの海岸だったのです。
人間様だけのことだけではなく、かれらにとっても住みやすい海岸となるならば、それはたぶん人間様にとっても素晴らしく貴重な海岸になるだろうと想像しています。

 

★マロウは薄紅葵?濃紅葵? 

 
   とても同じ花だとは思えませんが…

マロウの和名をウスベニアオイといいますが、実際には濃い紅色の花も咲きます。
薄い紅色の場合は花弁の幅も細く、ややコスモスに似て 清楚な感じがします。
濃い紅色の場合は花弁の幅が広く、互いに重なり合うほどで 豪華な雰囲気があります。
どうせなら濃い紅色の花が欲しいですね。

わたしは「コモンマロウ=ウスベニアオイ」という品種は、同じ名で二種類あるのでは?と疑った時期がありました。
画像はどちらも同じマロウからこぼれ種で育った株の花です。
つまり育つ環境によって薄紅色になったり、濃紅色になったりするようです。

どのような環境か?
そんなこと知りませんが、気がついたことを述べると
 1.窒素分が多く、こんもり茂ると葉ばかり大きくなり花が少ない。
 2.その場合、花の色は濃く、花は大きい。
 3.茎(幹?)を間引いて各枝に日当たりをよくすると改善する。
 4.土壌が貧しいとあまり大株にはならず、花は薄紅色で数も少ない。
日当たりが良く、したがって風通しが良く、窒素分が過剰でも貧弱でもない方が濃い紅色の花がたくさん咲くようです。

ドライにして保存し、“夜明けのハーブティー”にして楽しむのが一番豪華です。
最近悪いことを覚えましてね。
ドライマロウは冷たい水出し1時間で鮮やかな濃いブルーになります。
それにちょこっと「真露」を入れてカクテル気分。
レモンを入れてピンクに、やがて無色へと楽しめます。

フレッシュをブルーのティーにするのはちょっと難しい。
フレッシュはエディブルフラワーとして、サラダに飾ったり、冷やしソーメンに飾ったりするのが素敵です。

なお、花が小さい「銭葵・ゼニアオイ」はコモンマロウの変種で、命名の由来は花が昔の
一文銭ぐらいの大きさしかないと揶揄(ヤユ)されたから。
ハーブとして楽しむにはコモンマロウと区別する必要はありません。

   鴨の子を 盥(タライ)に飼ふや 銭葵        正岡子規

 

★ヘビイチゴで虫刺されローション作り 

  
    左:ヘビイチゴ        右:ミント入りローション

何の役にも立たないとか、毒イチゴだのと誹謗と中傷を加えられているヘビイチゴ。
食べてもおいしくないだけで、毒などありません。
それどころか立派に人間様の役に立ちます。
「虫刺されの特効薬」になるので何有荘では「蛇苺様」と大切にしております。
グランドカバー替わりにもしています。

◆ヘビイチゴローションの作り方
 1.密閉できるビンに摘んだヘビイチゴ洗わずに半分ほど入れる。
   洗った場合はよく水分とってから
 2.焼酎35°をビンの4/5ほど入れてフタをして1か月でできあがり。
   イチゴが脱色し、茶色っぽい液体になればOKです。
 3.常温で1年間保存できます。イチゴは捨ててもそのままでもOKです。

使い方は簡単。麺棒、脱脂綿、100均で買ったスプレーで患部を塗るだけ。
すっとカユミが抜けていくので驚きます。
もともと 独楽子 さんから教えていただき重宝しています。
わたしが教えたり、プレゼントした方からも「すごく効く」と感謝されています。
アルコールや肌が弱い人はパッチテストをしてから使用する方が安心でしょう。

今回はちょっとシャレて、画像のように庭のペパーミントも一緒に漬けこんでみました。
ペパーミントもカユミ阻止の効果があるそうですし、香りでスッキリします。
多少の虫よけ効果もありますしね。
ハエや蚊の季節になれば、それを撃退する草花も生えてくる――何とすばらしい自然の補完作業なのかと感心するばかりです。

なお、ヘビイチゴ酒、ヘビイチゴチンキという場合もありますが同じものです。
35°焼酎はワンカップ焼酎が手ごろで、容器をそのまま使えます。
焼酎が余れば飲んでしまえば良い。脱脂綿に浸して冷蔵庫の殺菌にも使えます。

ヘビイチゴはこの近辺ではどこにでもありますし、だれも食べないから適当に摘んでもクレームがくることはないでしょう。
ワンちゃんの散歩コースならば、それはやめておくのが賢明です。

 
 

★米作りへの情熱――穴堰(アナゼキ) 

 
   手掘りの穴堰の天井から鍾乳石が

アクアラインを越えて千葉県に入ると一面の水田で驚くばかりです。空が広い!が第一印象です。ただこれは現在の姿であって昔からそうであったわけではありません。数百年来の涙ぐましい農民たちの努力の結晶がこの景色です。

先日、「いすみ市環境と文化のさとセンター」主催の小さな旅に参加しました。
穴堰という地下溜池を山田杉ノ谷(ヤツ)にあるH氏の自宅に訪ねます。
H氏宅の前に水田が広がっていますがその先にある山田川(夷隅川の支流)は激しく蛇行し、その水面は水田より数mも下にあるため、川があっても水田に水を引くことができません。この水田の水は穴堰からきているとのことです。

H氏の自宅は北に山を背負い、東西に尾根が末広がりになった中央の谷底低地にあります。山の斜面に降る雨を利用して田畑を切り開いたのでしょう。
宅地の山側には棚田がありましたが今は自然の姿に戻っています。
水稲耕作は特に田植えの頃と出穂の頃に十分な水を必要とします。しかし天水に頼る以上は運任せ。現在ならば多くの地域で川の水をポンプアップして田を潤していますが、昔は日照りの時は口惜しい思いを何度もしたことでしょう。

そこで人々は谷筋に溜池を各地に造成して水不足を補ったのですが、決壊すれば甚大な被害が下流域に起きます。場所の選定は慎重さが必要です。
H氏宅の場合、山の斜面はかなり急ですから溜池は危険です。しかし安定した稲作のためには溜池はぜひとも必要だ。そのジレンマの中での解決策が全国に例を見ない穴堰でした。

穴堰は山腹に掘られ、前室が幅3.8m、深さ1.8m、奥行き2.0m。そこから幅2.2m、高さ1.8m、奥行き16mの横穴となっています。この主洞に二つの支洞が付属しています。
さらに別に第2穴堰、第3穴堰があり、雨水等で満水となり、必要な時に栓が抜かれて水田を潤しました。

この施設は江戸時代末期のもので、当然ながら人力だけで掘り抜かれました。
すごい情熱ですね。米作りに対する農民の不屈の精神がうかがえます。
現場を見るとツルハシやタガネの跡がくっきりと残っており、壁も天井も非常に丁寧に掘り抜かれておりました。
そのような洞穴堰が可能だったのは「上総層群黄和田層」という柔らかい泥岩だったためで、乾けばもろいが湿気ていると頑丈という特徴があるので安定した穴堰を掘り抜けたのだそうです。

田植えが終わり、今の時期だけ穴堰は栓が抜かれてカラになり人が入れます。
画像の鍾乳石が発見されたのは2005年のことでした。穴堰ができてから百数十年の間に少しずつ成長したのでしょう。

しかし鍾乳石は鍾乳洞でできるのが普通で、鍾乳洞は石灰岩質の山を地下水が気の遠くなる年月の中で作り上げるものです。
ところがここは泥岩ですから石灰岩はありません。そこが不思議です。
ここの泥岩の山は実は太古の時代は海底だったわけで、その泥の中に含まれる超微細な生物のカルシューム分が滲み出してできるのだという説明でした。
国指定天然記念物ではありませんが、貴重なものだということは分かります。

いや、勉強になりました。いすみ市って本当にワンダーランドのような世界です。

 
 

★毎朝イチゴを食べるしあわせ 

  
   雑草と共生で見栄えは悪いがおいしいイチゴ

毎朝、摘んできた庭のイチゴが食卓に出ます。1日10数個は採集できます。
毎日採集しないとダンゴ虫やナメクジのエサになってしまうので、かれらに食われる前に採集せねばなりません。
まぁある種のイチゴを巡る生存競争ですね。今のところ、わたしたちが勝ち越しています。

イチゴは全くの放置栽培ではうまくいかないようです。
親株からランナーが伸びて子株がたくさんできます。来年のためには親株よりもこの元気のよい子株の方を大切にせねばなりません。
また少々の生ごみ堆肥を与えました。
実ができて大きくなると、自重で実が地面に接してしまいます。するとナメクジ・ダンゴ虫たちが待ち構えているのです。
茎がしっかりしていれば良いのでしょうが、そうでもないので茎を数本まとめて縛り、実が宙に浮いているようにしました。これが一番面倒な作業ですが食べたさ一心の執念の作業でした。

銘柄はわかりません。「イチゴ苗」の名称で売られていました。
姿かたちは市販品のようには美しくありません。いびつなのもあります。
たぶん受粉がまんべんなく行き渡らなかったのでしょう。
大小さまざまなのはたぶん摘果が不十分で、栄養がすべての果実には回らなかったから。
面倒だし、ケチだし、気が弱いから大胆に摘果できないのです。

でも味は最高ですね。(身びいきに決まっていますが)。
甘味と酸味のバランスが良いと思います。
昔のイチゴは酸味が強く、砂糖をかけてつぶして食べたものです。
最近のイチゴは甘くて砂糖などもちろん不要ですが酸味に乏しいように思います。
酸味のないイチゴは「ワサビのない刺身」みたいで物足りません。

スーパーで買うイチゴよりずっと柔らかいのも特徴です。
たぶん、まったくの無農薬栽培だからでしょう。
イチゴは農薬から身を守るために散布のたびに身を固くします。市販品の農薬使用回数は数十回だそうですから想像を絶します。

見栄えは良くありませんが、生(フレッシュ)でいただくと、ソフトな歯ごたえ、甘味と酸味がジワーッと口の中で広がりシアワセを感じます。
庭のイチゴを食べるだけでシアワセだなんて、わたしたちの暮らしはまったく安上がりにできています。ヨカッタ、ヨカッタ。

  

★人面カメムシ? 

 
  赤筋金亀虫(アカスジキンカメムシ)の5 齢幼虫
  黒い背中の下半分が大笑いしている子の顔に見える

「おじさん、これ何?」
「うーん、ちょっとわからないなぁ」
「ジンメンカメムシだよ、きっと」
「 ? 」

先日小学生と一緒に里山を散策した時に、その小学生が目ざとく見つけた虫です。
甲虫(コウチュウ)の仲間は種類が非常に多く、昔、昆虫少年だったわたしでも初めて見る種類は名前の見当もつきません。
その子が「ジンメンカメムシ」と言った時には意味が分からず戸惑いましたが、
「人面かぁ、なるほどネ」と納得しました。
黒い背中の下半分が大笑いしているワンパク坊主の顔に見えます。

最近の子は現実の自然に触れる機会が少なく、自然に疎いということですが、なかなか目ざとく鋭い感性です。さすが地元の五年生。
というのも、わたしはコウチュウの仲間かと思ったのですが、彼はカメムシの仲間だと見抜いたからです。
しかも後で調べて分かったことですが、これは赤筋金亀虫(アカスジキンカメムシ)の5 齢幼虫ですから通常のポケット昆虫図鑑などには載っていないでしょう。
『おもしろ昆虫図鑑』のような本にならば記載されているかもしれません。
知識の源はTVの科学バラエティ番組だったかもしれません。

亀虫(カメムシ)の仲間ですが、ヘッピリ虫特有の異臭はしません。
成虫ならば、その姿かたちが西洋鎧(ヨロイ)をまとったような「いかり肩」ですからカメムシの仲間だと推測できますが、幼虫ですから親に似ず、丸々した姿をしています。
それでも「ジンメンカメムシ」と指摘したのはたいしたものです。

いすみ市にはいろいろな生き物がまだ生息しており、奥の深いすばらしい環境です。
(もっともマムシもウロウロしていますが)
赤筋金亀虫は成虫になると下の画像のような「飛ぶ宝石」というメタリックな姿になるそうですから、また里山に出かけ、アカスジキンカメを探してみたくなりました。
 成虫画像元→「倉敷昆虫館」  

 

★塩麹の豆腐も美味 

 
  1週間の漬け込み

だれが考えたか塩麹。なかなか優れものです。
豆腐がいつもの豆腐とは違った味になるので試してみる価値はあります。

<材料>
豆腐1丁、塩麹大さじ2
<作り方>
1.豆腐は重石をして水をしっかり切り、ペーパータオルで水分をぬぐう。
2.ラップの上に豆腐を置き、塩麹大さじ2をまぶして包む。
3.3~10日漬けこむ。この間、余分な水分は捨てる。

豆腐は木綿でも絹でもお好みで。
雑菌を漬けこまぬように手指の消毒は完璧に。
ある人は「クリームチーズみたいな味になる」といいました。
クリームチーズにもいろいろあるでしょうが、確かにそんな感じもします。

塩麹豆腐を一口食べて「アッ、おいしい!」と思い、もう一口食べたくなります。
でも食後に「ちょっと塩辛いなぁ」と思います。
塩麹はどうしてあんなに塩分が濃いと感じるのでしょうか。
だから毎回毎回、塩麹の豆腐、とはいきませんね。

これから冷奴豆腐の季節になりますが、「 今日は目先を変えて塩麹豆腐 」という食べ方でしょう。
お客さんにちょこっとだけ出すというというような食べ方です。
とても豆腐1丁は無理です。

 
 

★焼きソラマメは至福の味 

 
   外皮に軽く火ぶくれができる程度で

これほど簡単で、これほどオイシイソラマメはありません。
ソラマメを収穫するとすぐ焼くのが何有荘のしきたりです。

◆焼きソラマメのレシピ
1.サヤの両端を1cm程度切り落とす。
2.魚焼きグリルで7~8分。これで出来上がり。超簡単ですね。

オーブントースターでもできます。
シューシュー蒸気が噴き出せば出来上がり。
取り立ては生野菜みたいに柔らかいので、火が軽く通る程度でもOKです。

お客さんが来た時は歓迎の意味でバーベキュー風にカセットコンロで焼いたり、外のカマドで焼いたりしますが、普段はトースターかグリルが簡単です。
電子レンジはダメ。豆が爆発してしまうでしょう。

もし一度に食べきれなければ、即、豆を取り出し、皮を少し傷つけて塩ゆでです。
これもまた実にオイシイ。
ソラマメは甘い、とこの地に来て初めて学びました。
新鮮なソラマメが手に入ったらぜひ焼いてみてください。
都会のスーパーのソラマメとは一味もふた味も違います。

ソラマメを漢字変換すると蚕豆と出る場合があります。
これは中国語で、サヤの形が蚕に似ているからだそうで、韓国語でも同様です。
でもカイコを食べていると思うとちょっと引けてしまいます。かの地の人々は気にしないのでしょうか。
英語では a broad bean で直訳すれば“広い豆”
なるほどと思いますが味も素っ気もありません。

その点、ソラマメは純粋和語で、空に向かって伸びる元気な姿が思い浮かびます。
昔、ポールモーリアの“恋は水色”という曲がありました。
森山良子が「♪恋は水色、空と海の色」と歌っていました。
水色と空色、なかなか難しいが、ソラマメを空色の豆だと解すると恋の豆かもしれません。
透き通った緑色の瑞々しソラマメを頬張れば、ほろりと崩れてほのかな甘みがあります。
今朝は金環食。空は何色でしょうか。晴れて空色になれば良いのですが…。

追伸:ちょうど金環の時間帯に薄日がさしてめでたく観測できました。
    1時間前は雨だからあきらめていたのにラッキーでした。
  

★謎の鉄仏頭、大門の仏頭見学 

 
   実にすっきりした優雅なお顔 

仏頭だけだと釈迦如来、阿弥陀如来などと区別が付きませんが、古くから「大日堂」に安置されていたから「大日如来仏頭」とされ、高さ1.13m。美肌の仏様で、当時の技術の高さがわかります。
場所はいすみ市のホタルで有名な山田・大門地区にあります。大門の名の通り、かつては近くに大きなお寺があったそうです。

仏頭だけで胴体の製作は放棄されたらしく、坐像か立像かも不明です。製作年代は鎌倉時代かとされていますが確証はなく、したがって願主も不明、製作工人の名も製作場所も不明で謎だらけです。
それでも地元の人々はこの鉄製仏頭を昔から大切に保存し、拝んできました。

だいたい鎌倉の大仏様だって、だれがどうやって作ったか、詳しい事情は奈良の大仏様ほどは伝わっておりません。
記録がないと全部忘れ去られてしまうんですね。

近くに「金鋳坂・カナイザカ」という地名があり、溶けた鉄クズが発見されることもあるそうで、製作場所は近辺だろうと推測されています。
いすみ市の海岸は優良な砂鉄がとれますし、山田地区近辺の川は「川砂鉄」が採れます。
御宿には須賀地区、大原には貝須賀地区があります。須賀は「砂(洲)+処」が語源とされますが、そのような場所は菅が生えます。そして多くの場合、砂鉄が採れる場所の地名でもあります。
近くの音羽山清水寺は十一面観音を祀りますが、これは山野を巡る山伏や製鉄に携わった人々の信仰対象でもあります。

つまりこの地区は製鉄関連の産業が昔栄えた雰囲気が濃厚な地域です。
海砂鉄・川砂鉄を山田川の水運を利用して運び込み、大量の木炭と一緒にタタラ炉で高温で溶かし込んで鉄製品を作り出していたのでしょう。
近くの土壌は黄和田層という泥岩で、これを砕いて粘土とすれば鋳物製作の必需品が簡単に手に入ります。
砂鉄があり、砂鉄を選別する川(水)があり、森林(木炭)があり、粘土があるという立地としては最高の条件です。
タタラ炉に使う鹿皮も野生のシカが当時はたくさんいたはずです。

これらの産業従事者は田畑に縛られた農民とは明確に区別され、山々を自由に駆け巡って鉱山を発見する「山師」、鋳物を製作する「鋳物師・イモジ」などと呼ばれてきました。
土地に縛られないがゆえに各地を放浪し、需要がなくなれば去っていきます。
大門の鉄製仏頭もせっかくここまでできたのに、願主(スポンサー)に何らかの不幸がおきて没落し、製作は途中で放棄されたのでしょう。
房総に昔生きた人々の栄枯盛衰が偲ばれる鉄製(鋳物)の仏頭です。