★手づくり 黒米甘酒 

 
    そのまま食べれば黒米スイーツ

黒米ご飯は普通、お米1合にティースプーン1~2杯の黒米を混ぜて炊きます。
黒米甘酒も通常の甘酒<もち米+米麹>に少々の黒米を混ぜて作れば良いのですが、もち米を使わずに<黒米+米麹>だけで作ってみました。

【材 料】黒米1合 米麹3合
【作り方】
 1.黒米1合を5合分の水を加えてやわらかいお粥にする。
 2.60℃にさまし、よくほぐした麹を混ぜ、60℃を半日維持すれば出来上がり。
 3.適量倍に薄めていただきますが、そのまま黒米スイーツとしてもOK。

黒米は「もち米玄米」なのでなかなか柔らかくなりません。
一晩浸水させ圧力鍋を使うか、コトコトと長時間煮て柔らかくすることがポイントです。
できあがりは驚くほど甘くなります。砂糖など使わなないでも麹のでんぷん糖化作用でここまで甘くなることに驚きます。

米麹を黒米の3倍量使っていますから真っ黒黒助の甘酒にはなりませんが、十分黒い。
世の中に玄米麹や麦麹はありますが、黒米麹は見たことがありません。
だからこの程度の黒さがとりあえず「黒米甘酒」の限界でしょう。

インドネシアやマレーシアなど東南アジアでは黒米、赤米、緑米などバラエティーが豊かで、それらを砂糖やココナツミルクを加えて甘く煮たスイーツがあります。
真似して作ったことがありますが、砂糖を加えるのが気に入りませんでした。

麹を使えば砂糖を使わない「スイートブラックライスプリン」ができます。
これをお湯で割れば「黒米甘酒」です。
魚や肉、野菜を漬けこめば「黒米麹漬け」になります。

麹を使いこなしてきた日本人はえらい。
今は麹の季節ですからね。麹の使い方をいろいろ工夫・練習しています。

追伸:今朝の外気温は-1℃。寒い。何有荘前の池も一部結氷しています。 

 

スポンサーサイト

★酸っぱいミカンを甘くする方法 

 
   これで300円。地元は安い。

直販所で購入したミカンは300円で20個ありましたから1個15円。
しめしめやっぱり地元は安いと喜びましたが、ちょっと酸っぱい。
そんな時は電子レンジで温めると甘くなります。
でも電気代がもったいないし、油断すると爆発するのでやめた方が良い。

何有荘では、仕舞い風呂の時にバスタブに投げ込んでおきます。
すると不思議なことに翌朝には甘くなっています。
もちろん、ストーブで温める、コタツの中で温めるという方法もあると思います。
なにせ「焼きミカン」というのまであるのですから、熱する・温めるのは有効です。

メジロがミカンの味を覚えて毎日庭に来ます。番(ツガ)いが一組、はぐれが1羽。
敵が来ないかと周囲を見渡しながら上手につつく姿はかわいらしい。
ミカン係のわたしは、なにか善人になったような気がします。

新しいミカンをやると食べ残すので、ぎりぎりまできれいに平らげてからやります。
それでも毎日1~2個は消費します。
山野に食べ物がまったくなくなったわけではないのです。
しかし、真っ赤だったピラカンサスはもうまったく実がなくなっていますので「どこかにウマイモノはないか」と探し回っているのでしょう。

わたしとメジロが競い合って食べているのでミカンの消費量は多い。
だから安くて大量にあるミカンは助かります。
酸っぱくたって構わない。
なにせバスタブに入れておくだけで翌朝には甘くなっているのですから。

 

★大原の文学碑散歩あれこれ 

 
 文学碑A=森鴎外   文学碑B=林芙美子  文学碑C=矢代東村
 文学碑D=山本有三  文学碑E=若山牧水
 (1)大原海水浴場駐車場  (2)大原漁港駐車場
 (3)八幡岬・八幡神社    (4)大聖寺・大原公園

車は(1)大原海水浴場の広い駐車場に置くのが良いでしょう。
松林が残る公園の池にはカワセミが飛び、ウミウが遊んでいました。この公園の名は日在浦(ヒアリウラ)海浜公園。
その端に三つの文学碑が建っています。森鴎外が日在浦の別荘・鴎荘での日々を描いた『妄想』の書き出しの一部が刻まれています。題名がアヤシイけれど純文学です。

森光子が2017回の不朽の公演記録を打ち立てた『放浪記』は林芙美子の『放浪記』が原作。
森光子のこの舞台はまだわたしが学生だった頃にTVで見たことがあります。
文学『放浪記』の半分を過ぎた頁に、東京での生活に疲れた芙美子が三門駅に降り立ち、長者町の宿で「石のように動かない」素朴な人々の暮らしに接して生きる力を取り戻す場面が日記としてつづられており、その一節が刻まれています。
先年、プロレタリア文学作家・小林多喜二の『蟹工船』が話題になりましたが、芙美子の『放浪記』も現代の非正規社員・派遣切り・劣悪条件の労働に通じるところがあり、今日また読まれてしかるべきでしょう。

矢代東村は唯一地元出身の歌人で「潮風に ひがな一日吹かれてる こゝの岬の枯草のいろ」の歌が碑に刻まれています。この人物については移住する前は何も知りませんでした。何か引かれる歌だったので詳しくは来週述べてみたいと思います。
文学碑の向かいにあるアジア料理の「亜スリ」のカレーランチバイキングはお勧めです。

もと来た道を戻り細道に入ると「一路橋」になります。戦時中は「東亜橋」というたいそうな名前の橋でしたが新しい道路と橋ができたために今では忘れられたような橋です。
この橋を渡ると小さな公園があり山本有三の『真実一路』の一節が刻まれた碑があります。その小公園の裏手にかつて旅館があり、そこに逗留した有三は大原を舞台に『真実一路』を執筆しました。
真実一路という健気(ケナゲ)な生き方はこの橋と同様に過去の物になってしまったならば残念なことです。

大原漁港にも広い駐車場があります。漁協直営の「いさばや」も昼食には良いでしょう。

漁村に特有な狭い道を通り抜け石段を上がると八幡神社がある八幡岬となります。
ここは断崖絶壁で、かつて小浜(コバマ)城がありました。豊臣秀吉の小田原征伐にともない、徳川家康配下の軍勢によって落城し、かつての面影は説明されなければどこにもありません。
ここからの景色は誠に絶景で、南の眼下に旧大原漁港が見えます。この岬を訪れた若山牧水が太平洋に昇る満月を歌った歌碑があります。
「八幡岬にあって図らず満月を見る/ありがたや今日満つる月と知らざりしこの大き月海にのぼれり 牧水」。城山青年館前広場のややわかりにくい場所です。
八幡神社の狛犬は裸祭りの男衆の鉢巻をしており笑わせてくれます。

ここから大聖寺に行く途中にある 喜久寿司 は地魚専門で、いわゆる「江戸前寿司」ではありません。
「大原まで来たら地魚でしょ」という大将の握り寿司はお勧めです。

大聖寺は古いお寺で「お丹」という孝行娘が 波間からお不動様を得た ことで知られています。
室町時代のお堂ですから拝観に値しますが、知らなければ「なんだこれ」の世界です。
大聖寺の地続きに大原公園があり『平和の鐘』があります。米軍に没収され返還された梵鐘で、かつて米軍を迎撃するために築かれた高射砲陣地の脇にあります。
二度と戦争はしないと決意した人々の願いがこもった梵鐘を拝み、今日の散歩は終わりです。

大聖寺にも小さな駐車場がありますから、車でめぐれば簡単な散歩ですが、ポイントだけをめぐるインスタントな散歩はつまりません。浜に降りて太平洋の荒波を眺め、漁村の狭い街並みや新しい漁港を実際に歩いてみることをお勧めします。
全部歩いて往復2~3時間コースです。

 *森鴎外『妄想』 *林芙美子『放浪記』

 

★手作り・べったら漬け 

 

せっかく麹を手作りしたのですから甘酒を作りました。
大根を畑から引き抜き、連れ合いさんに甘酒を使ったべったら漬けに挑戦してもらいました。
べったら漬けは麹を使った江戸の甘い漬け物で、漬物の中ではわたしの好物の一つです。

◆べったら漬けの作り方
【材 料】 大根、甘酒(麹+もち米)、塩、砂糖
【作り方】
 1.大根の皮をむき、縦に半割、さらに半割り。つまり縦1/4割に切る。
 2.大根を容器に入れ、重量比4%の塩を振りかけて重石を載せる。
 3.2~3日したら上がった水を捨て、これからが本漬けとなる。
 4.前の日、麹ともち米で濃いめの甘酒を作り、砂糖を適量加えておく。
 5.容器に甘酒を敷き、大根をきっちり並べ、甘酒をベタベタ塗る。
 6.好みによって鷹の爪、柚子、昆布なども加える。
 7.落し蓋をして重石をのせると翌日にはまた水が上がってくる。
 8.水は捨て、甘酒がついたままタッパに入れて保管。翌日からが食べごろです。

甘酒に使う米は普通のウルチ米よりももち米を使った方が甘くなります。
米麹:もち米=1:1。もち米をおかゆにして麹を混ぜ、60℃1晩で甘酒になります。
この甘酒を甘酒として飲むときはお湯で割りますが、べったら漬けには濃いまま使います。
それどころか砂糖を加えてさらに甘くするのがポイントです。
甘くないべったら漬けは気が抜けたビールのようでウマクナイ。
新鮮で柔らかい大根であることも出来の良し悪しを左右します。

江戸時代は砂糖の代わりにデンプンを糖化した水あめを使ったのでしょう。
麹や水あめを使うべったら漬けは江戸ならではの高級漬物だったと思われます。
大店(オオダナ)のご主人が食べていたべったら漬けが今や庶民でも食べられるのですから、やはり時代は進歩したのです。

 

★雪の中のメジロ 

 
   画像は昨日の朝、雪の庭で

庭先の枝に野鳥のためにミカンを輪切りにしてぶら下げています。
メジロが来て、大雪?だった昨日の朝も雨戸をあける前からミカンをつついていました。

今年は野鳥が遊びに来る機会がなぜだか本当に少ない。
輪切りにしたミカンを前から用意していたのにだれも気付かなかったようです。
ようやく一週間前からメジロが夫婦で来るようになりました。

メジロが来ると例年ならばヒヨドリもくっついて来てミカンを横取りします。
ところがヒヨドリも来ないのでメジロ夫婦の独壇場。
朝から晩までミカンに取りき、チィーチュルチュルチュル とご機嫌でさえずっています。
ヒヨドリは傍若無人の乱暴者なので毎年「アッチヘイケ!」を追い払っていました。
今年はその手間が省けて気が楽とはいえ、ヒヨドリはどこへ行ったのでしょう。

原発やら津波やらで渡り鳥のコースや落ち着き先に変化があったのでしょうか。
今年ははじめて白鳥が何有荘前に来ました。
例年ならば田んぼにたくさん展開しているツグミもほんの数えるほどしかいません。
一年中地元に住みついているスズメ・ヒヨドリ・ムクドリなどの「留鳥」たちも生活の場が変化しているように思えます。
スズメに紛れて飛んでくるアオジもスズメが来る機会が減ったのであまり見かけません。
まさか大地震の前兆現象ではないでしょうが、こんな時代ですから少し気になります。

ともかく今年は「大寒」らしい「大寒」で、本当に寒い日が続いています。
めったに降らない雪だって積もってしまいましたからね。
立春(2/4)が待ち遠しく思います。
2月も中旬になれば梅が咲き始め、ウグイスの初鳴きも聞くことができるでしょう。
  ♪「春よ来い、早く来い」の気分です。
  ♪「もうすぐ春ですね」と軽快に歌うにはまだ早すぎます。

 

★シーズン最後の柚子仕事 

 
       左から柚子の種ローション、ジュース、皮

久しぶりの雪景色で、気分はなんとなく京都の嵐山。(何言ってんだか…)
庭から見る雪景色はすべてが白い絨毯に隠れて美しい。

さて柿は豊作だったのに今年の柚子は不作でした。
豊作・不作はローテーションのようですから、不作の時はあきらめねばなりません。
今シーズン最後の柚子を収穫し、以下の作業をしました。

①柚子の皮の保存
  皮をむいてラップし、小さなタッパやジプロックに入れて冷凍保存で1年間もちます。
  もっとも途中で使い切ってしまいますが、いつでも柚子の香りが楽しめます。

②柚子種ローション
  1.皮をむかれて赤裸の柚子を切り分けて種だけ取り出します。
  2.ヌルヌルしているのはペクチンですから洗い落してはいけません。
  3.ストッキングタイプの水きりネット(100円ショップ)に入れ、適当な小瓶に
    入れ、焼酎で満たします。
     35度でも20度でもOKです。日本酒でも構いません。
  4.約2週間もすれば出来上がりで、普通は種は引き上げるのだそうです。
    何有荘では引き上げずにそのまま1年間放置です。
    液がやや濁りますが効果は強くなったように感じます。
    風呂上りに最適です。肌がすべすべになります。
  5.アルコールアレルギーの人には不向きです。
    アルコールに強い人は原液のままでどうぞ。弱い人は水で薄めて使います。

③柚子ジュース
 1.わずかな果汁絞り出して冷凍保存します。
 2.柚子風味の酢の物に使ったり、砂糖を加えて柚子ジュースにしたりします。

④柚子風呂
  残ったカスを集めて小さめの洗濯ネットに入れて柚子風呂です。
  柚子風呂として十分楽しめます。
  実がプカプカ浮いていなくとも柚子風呂には違いない。

⑤さてさてエキスを出し切った柚子風呂の中身だって捨てません。
  生ごみたい肥置き場に直行し、生ごみたい肥に生まれ変わります。

せっかく地上に生を受けたのですから、丸ごと全部使ってやれば柚子さんも満足でしょう。
ゴミを出さない生活を心がけています。

 

★太陽と月が連れ立って昇る日 

 
    画像は昨年1月1日の初日の出(太東崎)

本日(1/23)の月の出は6:19。新月ですからその姿は見えません。
         日の出は6:46。残念ながら雨模様の曇りですから見えませんでした。

新月の日は太陽と月の位置が近いので、太陽の光で月の姿は見えません。
しかし前後の日々の様子からこの日の月の出の時刻は容易に算出できます。
お日様とお月様が手を携えたように連れ立って昇る日が昔から毎月の1日(ツイタチ=追立ち)とされました。そして今日が旧暦の1月1日、元旦です。
1月7日は上弦の月、1月15日は満月の日でそれぞれ正月の行事が組まれていました。
カレンダーが大自然と連動している生活とは素敵ですネ。

今日は中国でも春節(旧暦元旦)ですから横浜中華街は大騒ぎでしょう。
中国では西暦を採用していますが、旧暦は暮らしの中に生きているようです。

旧暦は太陽暦と太陰暦を組み合わせた暦で複雑でした。
月の周期は29.53日に対して1年は365.25日ですから、月の周期を1か月とすると1年の周期とはどうしてもズレが生じてしまいます。
季節ごとに農作業を進めるためには太陽暦が便利です。でも月の形と出る時刻で今日が何日・何時と分かる太陰暦もカレンダー代わりとして大変重宝します。
それを組み合わせたのが複雑な『太陽太陰暦』。それが旧暦で明治5年まで続きました。

明治5年の末になって突然に政府は旧暦廃止・西洋歴採用を布告しました。
旧暦のままだと明治6年は太陽と月のズレを調整するために閏月(ウルウヅキ)が入ることが確実で1年が13か月となります。
官吏(公務員)に対して月給制を採用した政府は1年に13回給与を払わねばなりません。
あわてて西暦を採用して1年を12か月としてしまったのです。

それ以来、月の形や月の出の時刻に注意を払う人は漁民以外にはいなくなりました。
漁民にとっては潮の干満時刻と量を左右する月齢カレンダーは今でも必需品です。
旧暦が都会人の生活からまったく消え失せたのは残念な気がします。
せめて中華街のように祝えたらおもしろいのにと思います。

ついでに言えば12月31日が大晦日。ミソカとは「三(ミ)十(ソ)日(カ)」で、旧暦では31日がないので、月の最終日は30日。1年の最終日だから「大ミソカ」。
31日なのに三十日(ミソカ)とはおかしな話ですがしょうがない。

 

★恐るべし、塩麹豚 

 
   塩麹(シオコウジ)に漬けた豚ロースのソテー

まず塩麹を作りました。(米麹も手作りです

◆塩麹の作り方
  1.麹100g、塩30gを丁寧に混ぜ、水150ccを加える。 
  2.タッパに入れてフタをし、常温で10日間放置。ただし1日1度はかき混ぜる。
  3.全体に甘酒みたいな雰囲気に近づいたら出来上がり。

簡単ですね。最近はスーパーで既製品も売っています。
塩の量が多すぎた感じがします。20gで十分だと思いました。

◆塩麹豚の作り方
  1.タッパに塩麹をスプーン(大)1を入れ、豚肉を置く。
  2.上から塩麹をスプーン(大)1をかけ、万遍なくいきわたるようにする。
  3.ラップをぴっちり被せ、タッパのふたをして冷蔵庫で数時間~一晩置いて完成。

これもジップロックなどに全部入れて保管すればもっと簡単です。
塩麹が少なすぎる気がしますが、これでOKです。

◆塩麹豚の焼き方
  1.フライパン油少々入れて豚肉を置き、ふたをして蒸し焼きにする。
  2.焼き色が付いたらひっくり返し、またふたをしてまた蒸し焼き、これで完成。

塩麹はつけたままで蒸し焼きです。両面合わせて中火で3分ぐらいでしょう。
豚肉のソテーは固くなりがちですから筋切などしますが、塩麹漬けなら不要です。
もちろん事前に筋切をしたり、叩いたりしてもかまいません。

ともかく豚ロース肉が柔らかいのに驚きます。レアではないのにレアのような感じです。
麹の酵素が肉の繊維を分断し、アミノ酸を増やすのだそうで肉に甘みがあります。
麹が加熱されたせいなのか、味噌味っぽい感じがします。
麹自身の甘みも加わるのでしょう。ソースなしで頂きます。
恐るべし、塩麹の威力・マジックパワー。
今まで食べたことのないオイシイ味です。

ところがですよ、食べてから時間がたつと塩味が強かったと感じてきました。
だから塩麹に使う塩の量は減らした方が良いと思ったのです。
塩麹は調味料として人気が出てきたのもわかります。
一度は試してみる価値はあると思います。

 

★手開きできないイワシ 

 
    新鮮なイワシは銀色に光り輝く

懇意にしている漁師の拓さんから「処理しきれないほどイワシが獲れたから」という連絡があり、さっそく受け取りに行ってきました。

このイワシは手開きできません。網上げして数時間の新鮮なイワシだから包丁を使えと言われてびっくりしました。
イワシは「鰯」と書き、鮮度が時間とともに落ちていく魚です。
時間との勝負で、まず冷水に取ってウロコを逆なでして落とすのが最初です。
包丁で頭を切り落とすとズルズルと内臓までも引き出されます。これもまた新鮮な驚きでした。3枚におろすのは小さい魚ですから大変です。

 ①イワシの丸干し
   6%の塩水に2時間漬けてから干し網で乾燥させます。これが一番簡単です。
   6%はかなり高い濃度ですから2時間の漬け置きですむのが利点です。
   3時間も漬けこむと塩辛くなるそうです。

 ②イワシの塩麹
   先だって作り置きした塩麹がありましたからジプロックに入れて漬け込みました。
   どんな味になるか楽しみです。これは焼いて食べる予定です。

 ③イワシの醤油漬け
   3枚におろしたイワシを醤油:味醂=1:1の漬けだれに漬けこみます。
   これは保存食みたいなもので、数日後にそのままいただく予定です。

 ④イワシの梅煮 
   酒、味醂、醤油、砂糖、水、生姜薄切り、梅干しそれぞれ適量いれて煮立たせます。
   イワシをそこに並べて落し蓋。弱火で20分位。
   最後に汁気を飛ばすように強火にして仕上げます。

 ⑤イワシの刺身
   3枚におろして、あとは解説の必要はありませんね。

新鮮なイワシは手開きできると思い込んでいました。
もっと新鮮なイワシは手開きできない――これは地元ならでは経験です。
たくさんのイワシを入手できたのでご近所様にもおすそ分けできました。
人と人との信頼関係は新しい人の輪を広げていきます。
     拓さんのHP→● 

 

★春を待つロウバイの花

 

ロウバイの花があちらこちらで咲いています。画像のようにまだこれからというロウバイやすでに満開のロウバイもあります。
都市生活をしていた頃はロウバイを見に秩父まで出かけたこともありました。
こちらに来てからは、ご近所様の庭のロウバイを散歩の途中で楽しんでおります。

サザンカや水仙は年末から咲いていますが、新年になって初めて咲く華やかな花はロウバイですから、この花を見ると新年になったと実感します。

ロウバイは「臘梅」と難しい漢字で書きます。
旧暦で12月の異名を「臘月」といい、臘月に咲く梅に似た花だから臘梅といいます。
新暦と旧暦とではおよそ一か月の季節差がありますから、年末(12月)に咲く花が新年に咲く花になってしまいました。

この臘をロウソクのロウだと勘違いしている人もいます。
ロウバイの花びらがツヤツヤしており、なんとなくロウで作った花びらに見えるからでしょう。たしかに蝋細工(ロウザイク)のようにも見えます。

12月に臘月という異名があるのは、年末に神と祖先の祭祀を一緒に(=つなぎあわせて)行う「臘祭」が古代中国で行われていたからで、中国仏教とともに日本にも輸入されました。
この日は調べてみると
  小寒の後の2度目の辰の日 
  大寒に最も近い辰の日
  大寒の後の最初の戌の日、第三の戌の日
と宗派によって異なっておりますが、いずれにせよ冬至の後に神々や祖先を祀るための祭りを行うことになっておりました。このため12月の異名として臘月と呼ばれます。

1・17は阪神大震災の日でした。
ロウバイの一つひとつの花がかけがえのない命だったと見立てて見ると感慨深いものがあります。
残されたわたしたちは「想定外」という知的怠慢に陥らず、命を大切にする新しい世界を一歩一歩築いていこうとしています。
そのような多くの仲間の笑顔がロウバイの花と見立てることもできます。
昔の人も過去と未来をつなげる花として臘月の花・ロウバイを見ておりました。