★カラスウリとスズメウリと 


   赤いカラスウリと白いスズメウリ

晩秋になると枯葉の中の赤く輝くカラスウリが目立つようになります。
一方、まったく目立ちませんが、スズメウリも白玉のような実を結んでいます。

白い実がいくつも等間隔で並んで垂れ下がっている姿はかわいらしい。
この二つを並べて飾ったら風情があるかと思って採集してきました。
画像のよう置いてみると、なかなかシャレた感じがしてきます。
壁にぶらさげて飾ってみました。

カラスウリといってもカラスだって食べません。
 (未熟な青いカラスウリは人間様の食用になる。食べたがたいしておいしくない)
カラスウリという命名は「人間様が食べない、役立たずのウリ」という意味です。

スズメという命名はカラスに対応したもので「カラスウリより小さい」の意味。
これは<カラスノエンドウ・スズメノエンドウ>と同じ命名法です。
だからカラスともスズメとも本当は無関係。

ところがネットには「スズメウリは実が雀の卵に似ているから」という説を紹介している人が多くいます。
鳥類の卵は鶏卵に代表されるように左右の丸みがやや異なる「卵型」をしています。
スズメもダチョウも大きさや色合いが異なりますが卵型です。これは卵が巣から転がっても、どこか遠くへ行かないような工夫(進化)です。
スズメウリの実は画像のように真球に近い白。一方、スズメの卵は卵型で斑入りですから、実物を見て、似ていると思う人はまずいません。

ネット情報を気楽にコピペしてしまうと、誤った情報を広めてしまう実例です。
情報を発信している身としては、気をつけなくちゃね。
スズメウリの実を見るたびに、そう思います。

 

スポンサーサイト

★海から来た仏様(1) 波切り不動  

 
   大原の大聖寺・波切不動さま

いすみ市、大原漁港の近くにある大聖寺は「波切不動さま」といい、漁師やその家族、漁業関係者から篤い信仰を今でも集めています。
教育委員会が建てた看板によれば、宝治二年(1248)、地元の漁師・小浜道猷( オバマ ドウユウ)の妻が海藻を獲るとき海中で不動明王を発見し安置したそうです。
この伝説は教育委員会発行の『いすみの民話』では少し話が違っています。
不動明王を発見したのは「お丹(タン)」という貧乏漁師の娘で、その両親の名は語られていません。

“――むかし鎌倉時代の話です。大原に貧しい漁師の親子が住んでおりました。父は魚を取っては売る暮らしですが、母は病弱でふせっておりました。
一人娘の名はお丹(タン)といい、炊事・洗濯・掃除など家事一切を母の代わりにこなし、さらに余った時間は浜に出て貝をひろい、流れ着いた海藻をひろっては暮らしのたしにしておりました。お丹はたいそう信心深く、母の病が癒えますようにと毎日ご先祖様に祈っておりました。

ある日のことです。いつものように流れ着いたワカメやカジメ、テングサなどの藻くずをひろっていると妙に重いのです。お丹が藻くずを取り除けてみると、それは砂にまみれた小さな石のお不動様でした。お丹はお不動様を海水で洗い、砂を落とし、井戸の水できれいに清めて自宅に仮のお堂を作って安置しました。
毎日毎日、お不動様に水を差し上げ、野の花を活けて大切に拝んでおりました。
すると不思議なことにしだいに暮らし向きは良くなってきたのです。母の病気もだんだん良くなってきました。これはお不動様のおかげだと、前よりも一層熱心に拝みました。

貧しかった漁師の家がしだいに豊かな暮らしをするようになると、この話は近所でも評判になり、お不動様をぜひ拝ませてほしいという人も増えてきました。
お不動様を信心する人々が増えるにつれ、こんな歌もはやりました。

    あら不思議やな あら不思議
    モクの中から銀色に、光り輝く不動様 
    お姿尊(トウ)と、あら尊と

人々が大勢参拝に来るようになると自宅のお堂ではせまくなり、もっと広い場所に新しいお堂を建てることになりました。このお堂は大原漁港に近い高台にあり、今は関東36不動霊場の35番札所の大聖寺不動堂と呼ばれ、人々は親しみを込めて「波切不動様」と呼んでいます。
またお丹がお不動様を発見した浜辺は「丹が浦」と呼ばれるようになりました。――“

お不動様を海岸で発見したのは、小浜道猷なる人物の妻という説とお丹という娘が発見したという二つの説があるわけですが、共通点は鎌倉時代、海岸で、女性が発見したということです。ここが伝説の「核」で、固有名詞はさして重要ではありません。
「板子1枚下は地獄」のたとえ通り、いったん海に出ると漁師稼業は何が起きるかわかりません。海が荒れている時は目の前で座礁・沈没した船の乗員を助けることさえできないのです。
漁師たちが海に出かけると、陸に残された妻や娘は父・夫・兄が今日も無事に帰宅することを切に願っておりました。
女性たちのその切なる願いが神仏に通じ、霊験あらたかなる不動明王が浜に現れてくれたのでしょう。
漁に出る男たちもこのお不動様を信じたのは言うまでもありません。

不動堂は旧国宝。国宝指定の基準が厳しくなった戦後は重要文化財指定。一見すると大した建物ではありませんが、室町時代のお堂の様式を現在に残す貴重な建造物です。
火災にもあわず、津波にも耐えて今日まで残っているのですから、後世に残したいお堂であり伝説です。

なお画像のように安置されているお不動様は大変立派なものですから、後世に信者たちの寄進による「前立て」と呼ばれるイミテーションでしょう。本物はたぶん秘仏だと思います。

★超簡単 チンして「焼き芋」11分 

 
     芋が光り輝いています

木枯らし1号が吹いたそうで、寒くなれば焼き芋が恋しくなります。
焚火で焼いた焼き芋が一番おいしいと分かっていても、焚火など都会ではご法度。
しかし電子レンジで11分間チンすれば、蒸かし芋よりも素早く、旨く、美しくて感激します。
石焼き芋と同様に、余分な水分が飛んでしまうからでしょう。

◆電子レンジで焼き芋の作り方
 1.中程度の芋を水で洗い、濡れたままの芋を新聞紙1枚でやわらかく包む。
 2.電子レンジ600wで1分半チン、ついで200w9分半チンでできあがり。

もちろん皮ごと食べられますが、そこはお好みです。
焼き芋特有の焦げ目はできません。焦げ目が欲しければガスバーナーで焼きをいれて化粧してください。そこまでこだわる必要はないでしょう。

もしも中心部が半焼きだったら、追加で600w1~2分。
大きな芋は加熱時間を長くし、途中で上下を反転させますが、芋の大きさによりますからご自分で経験を積んでください。

近くの産直の店では【大きなサツマイモを洗ってから3.5%塩水に1晩つけ、電子レンジ「弱」で30分】というビラが置いてありました。
これを試したことはありません。だって食べたいときに食べられません。
1晩置くのは面倒ですし、30分のチンも長すぎる気がします。

そういえば昔、「栗(九里)より(四里)うまい十三里」と焼き芋屋さんが宣伝していました。「焼きイモ~エー、焼きイモ!」という屋台の声が聞こえると飛び出したものです。
新聞紙に包んだ焼き芋はおいしかったですねェ。
それに近い焼き芋ができますから、お試しあれ。

 
 

★太東崎灯台への道で 


  ホトトギス 野菊 キクラゲ ドクツルダケ

太東崎は近隣の住民の散歩コースで、朝早くから様々な人が上り下りしています。
ここを快適な散歩コースに整備してきたのは「NPO太東埼燈台クラブ」の皆さんでした。
わたしたちがここに来たころは産廃が散らばり、鬱蒼とした山道で、車で通るのも恐ろしげな場所だったのです。
そこが明るく健康的な場所になったのはクラブ員の献身的な努力があったからでした。

画像は山道に咲いていたホトトギスと野菊(たぶんノコンギク)、そして食べられるキノコのキクラゲ、そして猛毒のドクツルタケ(たぶん)です。
クラブは細い1車線の車道を、通りやすくするために斜面の雑草を払い、張り出た枝を伐採してきました。そこに河津桜や椿の苗木を植え、水仙やスカシユリを植えてきました。

ただ、その分だけ、元々あった植物たちが迫害されたのは事実です。
昨年まではあった野ブドウは消えてしまいました。ムカゴを採りに行くのが楽しみだったのですが、ずいぶん減ってしまいました。
どちらもつる性植物ですから見苦しいとでも思われたのでしょうか。

わたしの個人的な趣味から言えば、野菊やホトトギスが咲き乱れている山道が好きですね。
アザミも咲いていますし、カラスウリが赤く照り輝いています。
アケビやムカゴや山葡萄がたくさん採れれば本当にうれしい。
春には木いちごが採れます。いつまでもそんな山道であってほしいと思っています。

環境の整備と自然保護の両立はむずかしい面がありますし、何もしていないわたしが環境整備にケチをつける気も毛頭ありませんが、画像のようにまだまだこの山道は国定公園指定地区なので昔からの非人工的な自然が残っています。
それらが残れば自然観察・自然教育の場としても有効ですし、都会の人にはめずらしい景色なので観光資源としても価値があるだろうと思っています。

そんな難しいことはどうでも良く、灯台への山道を徒歩で登ってみれば、「おっホトトギスが咲いている!!」と気づきますし、「毒キノコがある!!」 と驚きます。
灯台への山道はそんな自然を満喫できるお気に入りの散歩コースです。

  

★ソウメンカボチャ料理、二題 

   

ソウメンカボチャ 中華風サラダ 鶏ソボロあんかけ

これもまた頂き物。関西の知人が「ソウメンナンキン」を贈ってくれました。
漢字で素麺南瓜。関東ではソウメンカボチャ、ソウメンウリ、糸うり、あるいは金糸瓜とも言います。
関東で名前が複数あるのは、まだメジャーな野菜ではないことを示しています。
ゆでると皮の内側がまるでソウメンのようにズルズルと細くはがれてきますので、それを酢醤油、麺つゆなどソウメンと同じように食べるのが普通です。
それはそれとして、中華風サラダ、鶏そぼろあんかけ、の二品を作ってみました。

◆ソウメンを取り出す方法
 1.輪切りにして(2~3個)種を取り除く。
 2.沸騰したたっぷりの湯に投入、15分程ゆでる。
 3.冷水に取り、静かに少しずつきれいにほぐしていく。
 4.ざるにあげてしっかり水切りすれば出来上がり。
 5.固い皮がすっぽり残りますが捨てるほかありません。(堆肥場行き)
 ※ 以上が基本です。

◆ソウメンカボチャの中華風サラダ
  要するに中華ドレッシングをかけるだけの話です。
  キュウリやハムの細切りを載せたりすると、らしくなりますね。
  トマトや紫蘇の細切りなど何を加えてもOKです。
  ※中華ドレッシング
    酢、醤油、砂糖、塩、すりごま、ごま油、ラー油を適当量混ぜてシェイク。
    どれくらいずつ? カンですヨ、カン。
    (だから毎回、味が異なる)
    自信がなければググれば出てくるでしょう。

ソウメン風にしないで角切りにすると、変わった食感のある、変わった素材になります。
食べると口の中でホロホロと崩れてきます。

◆ソウメンカボチャの角切りと鶏そぼろ餡かけ
 <材料> そうめんかぼちゃ400g 鶏ひき肉100g しょうがみじん切り大1
        サラダ油少々 片栗粉 水
 <たれ> 砂糖大さじ2 みりん大さじ2 薄口醤油大さじ21/2 だし汁400ml
 <作り方>
 1.ソウメンカボチャを輪切りにして種を除いたら、皮を厚く切り落とします。
 2.適当に角切り(2~3cmぐらいかな)にします。
 3.鍋に油を入れしょうがのみじん切りを炒め、香りが出たら鶏ひき肉を入れる。
 4.鶏がそぼろ状になったら 角切りにしたソウメンカボチャを加えて軽く炒め、
 5.<たれ>を入れて中火で煮る。
 6.火が通ったら水溶き片栗粉を入れてできあがり。

生姜の味が効いて大変おいしくいただきました。
岡山県ではだれでもソウメンナンキンを食べているそうですが、関東ではまだ珍しい。
以前、千葉県産を何回か食べたことがありますが、今回は変わった食べ方はないかと探して「満天青空レストラン」にたどり着き、それを参考にしました。

 

★サツマイモのレシピ二題 

  
 油で揚げないひと口大学芋  芋羊羹(イモヨウカン)

Aさん、Bさんから相次いでサツマイモを頂きました。サツマイモは畑で作っているけれど、来るものは拒まず、ありがたく頂戴することにしています。
紅乙女(ベニオトメ)を芋羊羹にし、紅東(ベニアズマ)は大学芋にしてみました。

◆油で揚げないひと口大学芋のレシピ(芋500g程度)
 1.サツマイモの皮をこすってけずりとる。(なにせ芋が細かったので皮をむけない)
 2.ひと口大に切り、1時間ほど水にさらしてあく抜き。
 3.耐熱容器に芋を移し、ラップを軽くかけて6分チン。(まだ固い程度でOK)
 4.フライパンに油大4、砂糖大2を入れ、加熱し、チンした芋を入れる。
 5.裏返したりかき混ぜたり、焦げ目が表面についたら出来上がり。

 ※ひと口大に切ってありますから、好きなだけ楊枝に挿してパクパク食べられます。
  時間がたつと色がくすんでくるのが欠点。

◆芋羊羹(ヨウカン)のレシピ(芋500g程度)
 1.芋の皮を厚めにむき、1cmに輪切り、乱切り適当に。
 2.水に1時間さらしてあく抜き後、ラップした耐熱容器で10分チン。
 3.ポテトマッシャーで十分につぶす。
 4.砂糖70g、粉寒天3gを混ぜ100ccの熱湯で溶かして、芋に混ぜてよく練る。
 5.タッパーにきっちり詰めて1時間冷蔵庫で冷やせば出来上がり。

 ※黄金色の芋羊羹にするためには、皮を厚くむき、水にさらす時間をたっぷりとります。
  それでもくすんできますから、クチナシで色付けすると見栄えが良くなります。
  もちろん面倒だからそんなことはしません。
  裏ごしをせず、マッシャ―だけだと多少ツブツブ感が残ります。
  それが手作り芋羊羹らしくて味のあるところでした。

★ 天狗様の昼寝 

 
     江場土の金毘羅(コンピラ)堂 
     屋根両端の鴟尾(シビ)が寺の格式の高さを示している 

いすみ市は房総でも天狗様(飯縄権現)が濃密な地域です。
天狗様は山奥に住んでいるのかと思っていましたが、いすみ市ではにぎやかな平地にも出没していたようです。
いすみ市江場土にある日在山(ヒアリサン)金毘羅堂も天狗様に関係があるお寺です。
ここには蒋介石の 「以徳報怨」の石碑 もあります。
金毘羅様は、「廃仏毀釈 ハイブツキシャク」という明治新政府による宗教改革が断行される以前は金毘羅大権現という神仏習合の神様=仏様であり、天狗様の一族に連なりました。
以下、金毘羅堂に伝わる伝説です。

―――江戸時代も末の頃の話です。大風が吹き荒れ、金毘羅堂の屋根の一部が損傷しました。村人たちは集まり、「しょうがない、境内の大松を切って資材にしよう」ということになりました。
この大松の周囲は大人が3人~5人手を広げて囲むことができるほどだった。そんな大木を切るのは容易ではありません。村一番の樵(キコリ)である新町の与兵衛が呼ばれ、与兵衛は張り切って自慢の斧(オノ)を振りかざしました。
カーン、カーンと大きな音が響き渡り、大松が揺れます。その時です、大松の上から長い手がにゅるりとのび、与兵衛の襟(エリ)をつかむと大松の上の方に引き上げてしまいました。
与兵衛は何が何だかわからず「助けてくれぇ~」と叫ぶと側に天狗様がいました。
「与兵衛、なぜ木を切る?」
「ヘッ、金毘羅様の屋根を直すためです」
天狗は「フン」というと突然木を揺らし始めましたから、与兵衛は振り落とされないように必死です。
「わかったか。ここはワシの昼寝の場所だ。おまえのせいで目が覚めてしまったぞ」
「わかりました、わかりました。もう二度とこの木に手出しをしません」
「約束だぞ。忘れるな」というと天狗様はどこかに消えてしまいました。
与兵衛は夢かと思いましたが現実は高い高い木の上です。
「助けてくれぇ~」と叫び続けてやっと住職らに助けられました。
話を聞いた住職らは「天狗様には申し訳ないことをした」と大松にお神酒(ミキ)をかけて祈りをささげました。
すると与兵衛に傷つけられていた大松はスウッと元の大松にきれいに戻ってしまいました。―――                       『いすみの民話』より採録

この大松は残念ながら戦時中に切り倒されてしまったそうです。その頃はもう天狗様はいなかったことになります。

ご承知のように金毘羅様は船乗りたちの神様ですから、外房の漁師たちからも絶大な信頼を得ており、日在山金毘羅堂はかつては日本三大金毘羅様と讃えられたそうです。今は往時を偲ぶべくもなくひっそりと静まり返っていました。
しかし今でも3月の縁日には多くの信者が集まり、ほら貝が鳴って護摩がたかれます。
そのにぎやかな様子から察すると、おそらく昔は大勢の山伏たちも参集したはずです。天狗様を信じ、天狗様の修業をするのが山伏たちです。
山伏たちの信仰を修験道と言いますが、明治政府によって仏教から分離され、禁教処分となりましたので、天狗様もあいそをつかせて、どこかに隠れてしまったのでしょう。

修験道が復活するのは、天皇の神聖神話が崩れ、信教の自由が保障された戦後になってからの話です。

 

★超簡単、ホタテのコキール 

 

コキールはフランス語のcoquilleコキーユの英語読みで元々は貝殻の意味。
料理としてはホタテ貝の殻に具として貝、カニ、エビ、魚肉などを盛ったグラタン料理だそうです。

先日90歳の伯母の葬儀の香典返しとしてカタログが届きました。最近はこういう香典返しの形式が多いですね。
そのカタログの中に冷凍の「ホタテのコキール」のレシピがあり、これならわたしにだって作れると思い、作ってみました。
スーパーには殻つきホタテがなかったので、結局、刺身用冷凍ホタテを具にしたただのグラタンになってしまいました。
貝殻か貝殻型の耐熱容器を使わないとコキールとは言わないようですが、おいしければ名前にはこだわらない。超簡単でおいしかったですよ。

超簡単だった秘密は市販のホワイトソース(ハインツ)にあります。
疲れて作業をしたくないときは市販品の利用はすごく便利です。
色取りに冷蔵庫のニンジンと庭のオレガノを使いました。

<作り方>
 1.ホワイトソースを耐熱容器に適量入れる。水は加えない。
 2.刺身用ホタテをその上に並べ、細切りにしたニンジンも並べる。
 3.ピザ用のとろけるチーズとパン粉をのせ、
 4.180℃のオーブンで12分程度で出来上がり。
   飾りにオレガノを載せました。

※冷蔵庫にある食品を何でも載せてしまう「在庫一掃」料理にも使えます。
  もちろん缶に残ったホワイトソースは別に使います。
  クリームソーススパゲティーなんぞも簡単でよろしい。

 

★秋の蝶(チョウ)二題 

 
  左:ヒメアカタテハ   右:ツマグロヒョウモン

ススキが銀色の穂を開き初め、野山の木々も色づき始めるころになると黄橙色の蝶が目立つようになります。

ヒメアカタテハは漢字で「姫赤立羽」と書きます。
「姫」は小型という意味で、アカタテハより小型の蝶という意味になります。
また「立羽」は「止まる時に羽をたたんで立てている蝶」の意味ですが、実際には多くの蝶が羽を立てており、この種類に特有の停まり方ではありません。
ヒメが女性を意味しているわけではないので、雄も雌もヒメアカタテハといいます。
食草はヨモギやカラムシなど巾広く、「田舎」では絶滅の危機からはほど遠い。
雑食育ちは強いので、都会地でも見かけます。

よく似た蝶が百日草に飛んできたので、あわててカメラを構えました。
豹紋蝶(ヒョウモンチョウ)の仲間で、羽に豹の模様のようなドットがたくさんあります。
(女性はなぜ豹紋柄や虎柄縞模様が好きなのですかねぇ )
左右の画像を見て、すぐ違いが分かる人は優秀で、素質があります。
飛んでいる姿だけで区別できるようになるには経験が必要でしょう。
  (むかし、ディープな昆虫少年でしたからそれなりの経験があります)
前羽の先端が黒いので「妻黒 ツマグロ」の名が付けられています。
しかしツマグロなのはメスだけの特徴で、オスは全身豹紋柄ですから、他のヒョウモンチョウと区別するのは容易ではありません。

このツマグロヒョウモンは、昔は図鑑で見るだけの蝶でした。南方系なのです。
ヒメアカよりもややハデな印象がありますね。南方系は大型でハデハデの昆虫が多い。
ところが地球温暖化の影響でしょう、いすみ市でも年に数回は見かけるようになってきました。
同じく南方系のモンキアゲハやナガサキアゲハもよく見かけます。
地球温暖化といってもピンと来ませんが、蝶の分布を見れば確実に温暖化が進行していることが目に見えてしまいます。
あこがれだった南方系の蝶を目の前で見るのはうれしいことですが、ちょっと考えてしまいます。
ちょっとではなく、深く考えた方が良いかもしれません。

 
 

★文字通り、アジサイの花炭です 

 
   アジサイの花だとわかりますか?

「花炭」とは、自然の素材をインテリア・飾り物の炭にしたものをいいます。
久しぶりに花炭を作りました。素材はアジサイの花のドライフラワーです。

生の花を花炭にするのは大変難しく、私は成功したことがありません。蒸し焼きにしている途中で熱にやられてヨレヨレ・ヘナヘナになってしまい見る影もなくなってしまいます。
それで一度ドライにし、小さな穴をあけた密閉容器の中に入れ、火にかけて蒸し焼きです。
密閉容器の穴から紫色の煙が出て、次第に白くなり、何も出なくなったらできあがりです。

アジサイの花を素材にするのは2回目ですが、前回と比べるとデキがイマイチでした。
前回はイキの良い真っ盛りの花をドライにしたのですが、今回は枯れかかった花をドライにしたのが原因のようです。
このような物でも生きの良い花が良いのですね。前回は花びら(正確にはガク)がしっかりピンとした炭になったのに、今回はやや垂れ気味になってしまいました。
何でも垂れているよりもピンと張っている方がステキです。

もともと花炭は素材と比べると驚くほど軽くなります。それにしても今回は軽すぎです。
風が吹くと飛んでしまい、どこかにぶつかると崩れてしまいます。
それで飛ばぬように工夫をし、今は床間に飾ってあります。

多くの場合、素材はドングリや松ぼっくり、蓮や木の枝など「乾き物」を使います。
イガ栗も素晴らしい素材ですが、栗が爆発しないように事前に穴をあけておきます。
草や花は素(モト)がヨレヨレですから難度が高い素材なのですヨ。

秋の山野にはこれはという素材がたくさん転がっています。また挑戦してみますネ。