★ここがアオサギのお宿 

 
   竹やぶの中を寝床としている

ここはかつて用水池で、現在はかなり「荒れた」状態になっています。大雨の時の調整池という扱いなのでしょうが、ガマやアシが生い茂り、葉ショウブが育ち、一部は陸地化しています。
とはいえ、鮒や鯉が住み、ウシガエルが繁殖し、その池の端の竹やぶではアオサギが巣を作って繁殖しているようです。アシやガマの陰は水鳥たちの絶好の隠れ家になっております。
つまり人間の目からから見れば荒れ地で、経済的価値がないように見えても、動植物にとっては貴重な自然です。

太東崎灯台の駐車場は狭いので、この荒れ地を埋め立てて駐車場にして大型観光バスを誘致しようという計画がありました。
バブルがはじけて以来、その計画はとん挫したままですが、おそらく計画者にはアオサギの営巣地を保護しようという意識はなかったと思います。
美しく豊かな自然をスローガンにしても、実際には貴重な湿生植物群を埋め立て、アオサギや水鳥を追い出し、魚やカエルを皆殺しにするのはオカシイですよネ。
その意味ではバブルがはじけたのは良かった。

アオサギは首を伸ばしているとかなりグロテスクで悪党に見えます。首をちぢめているとズングリムックリでゴイサギと見間違うことがあります。
飛んでいる姿は大型ですからとても立派です。ところがその鳴き声はグギャーッグギャーッで、とても優雅とはいえません。不気味な鳴き声です。
そんな鳥が人家の側にいるのですから、いすみ市は豊かな自然が残る場所です。
そしてその自然を肌で感じるためには自動車で通過してはダメです。歩くのが一番。いろいろと発見があって楽しい散歩になります。

 
 

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★ヘクソカズラは美しい 

 
 白地に赤い花はヤイトバナ(お灸の花)ともいわれる

気の毒な花の名前を三つあげれば、イヌノフグリ(犬の陰嚢)、ママコノシリヌグイ(継子の尻拭い)、そしてこのヘクソカズラ(屁糞蔓)でしょうか。

イヌノフグリは種子が小さなちいさな陰嚢にみえるから。
かたい毛がある茎で継母が継子の尻を拭っただろうという名のママコノシリヌグイ。
これは少々解説が必要でしょう。昭和初期はトイレットペーパーはなかった。平安貴族は竹べら、木のへらを男女とも使用していました。昭和までそのような地域がありました。
草の葉や草の茎をトイレットペーパー代わりにしたこともあり、継母による継子いじめなどもあったからこのような花の名前になったと思われます。
そしてヘクソカズラですが、万葉の時代はクソカズラ。昔から異臭のある花として知られていたようです。次第に強調されて今はとうとう「ヘクソカズラ」が標準和名。

しかしこの名前を知らない人にはかわいい花に見えます。
わたしも図鑑で調べて「これがかの有名なヘクソカズラかぁ」と驚いたものです。
というのも多くの人が言うところの屁糞の臭いなどしないからです。
花やつぼみ、葉・茎、若い実を揉んでみても草くさい香りはしますが、異臭とは程遠い。
もしかしたらヘクソカズラという名前はまったくのヌレギヌではないか。
うわさ千里のごとく、悪評だけが実体化してしまったのではないか…。
異臭がするという人は実体験に基づいて報告しているのかが疑問に思えてきます。

ところがヘクソカズラの学名 Paederia scandens (パエデリア スキャンデンス) のパエデリアの語源は paidor(悪臭) だそうですから洋の東西を問わず、悪臭・異臭がするのは確かだと思われます。
かわいい花だと摘んだらひどい思いをした人が洋の東西にいたのでしょう。

すると考えられる結論は、「ある時期に限ってひどい臭いがする」なのでしょうか。
いつごろ、どのような条件で屁糞の臭いがするのか、しないのか――
どうせ暇ですから、ちょっと気を付けて観察してみることにしましょう。

  

★ボロボロブドウの利用法 

 
  そのまま瓶詰にすると発酵してくる

先日、過熟したブドウを採集する機会がありました。
 「ハクビシンに食べられちゃうから、いくらでも取っててよ」
ありがたいお言葉をかけてくれたのはお米農家のIさん。里山有志の米クラブの指導者です。この日はコシヒカリの収穫で一緒に作業しました
時間制限付き食べ放題のブドウ狩りの雰囲気で、夢中になっていっぱい収穫しました。

触るとボロボロと落ちてしまうほど熟しており、完熟ブドウは実にオイシイ。
一部はシワクチャになり、過熟してアルコール発酵しております。これにはおもわず顔がほころびました。ビンにつめておけば自然に「葡萄酒」になります。
酒税を税務署に払わないから違法、つまり密造酒ですが、保存しておいたら勝手にお酒になってしまうのだから仕方ない。
元々、戦費を調達するため戦時立法。平和な時代になっても安易に税金が入ってくるからと廃止しないのは立法府や行政府の怠慢。個人の趣味に税金をかける方がおかしい―――酔っぱらっていないのに話が支離滅裂になってきました。

<ブドウ酒の作り方>
 1.白い粉をふいたブドウは洗わない。皮についた天然発酵酵母菌を利用するため。
 2.顆粒をはずし、ゴミを除き、消毒した保存瓶に詰め込んでいく。
 3.時々、ターナーなどでつぶす。ビンの8割以上は入れてはいけない。
 4.翌日からブクブクと発酵し始め、1~2週間ほど発酵させる。
 5.皮や種をこし、密閉ビンの中でさらに数か月間、2次発酵させる。
※糖度が低い場合は砂糖を添加します。
※時々オリをこし除きますが、面倒ならそのまま。
※何年物のように保存すれば高級品ですが、そこまで我慢できません。

<ブドウジュースの作り方>
※ミキサーにかけてこせば出来上がりだが、発酵しているので加熱しました。
  1.はずした顆粒を洗い、水気がついたまま鍋へ。
  2.強火で5分、中火で5分、弱火で40分も煮込めが皮も種もはずれます。
  3.金ザルでこしてできあがり。オリが気になる人はサラシ等でもう一度こす。
※煮詰めたので濃厚なジュースになりました。
※糖度が高かったので砂糖添加なし。
 
ザルに残った皮と種から種を除き、砂糖を加えて煮込めば「ブドウの皮ジャム」になるが、ちょっと面倒くさい。草木染の材料になるがどうしよう。生ごみたい肥に入れちゃうのが一番簡単だけどモッタイナイ。
タダで頂いた物なのに悩みはつきません。

  
 

★頼朝伝説(7)九十九里浜南下説 

 
 九十九里浜北部の旭市椎名内の矢指神社、同・西足洗の矢指神社

 
 九十九里浜中央の蓮沼の箭挿神社、南部の大原の矢指戸地区

先日、ある人がブログで「九十九里浜とは北は刑部岬から南は太東崎までだと思っている人が多いが、本当は俺が住む大原の矢指戸までだ」と主張しておりました。そのような伝説も実はあります。

南下説とは源頼朝の出発点は飯岡近くの矢指が浦で、終点がいすみ市の太東崎。
北上説の終点である矢指が浦には矢指神社が三社ありますが、南下説ではここが出発点。
そのうちの二社を画像に収めました。

話の内容は北上説をちょうど逆にしております。
この浜の長さがわからないという地元の人の話を聞いて頼朝は自ら部下を率い、矢を1里ごとに挿していきます。途中、49本目の矢を挿した時が蓮沼で、近くに祠(ホコラ)がありました。頼朝は日本武尊(ヤマトタケルトミコト)ゆかりの祠だと知って喜び、矢を奉納します。これが箭挿(ヤサシ)八幡宮、現在の山武市蓮沼の箭挿神社。九十九里浜のほぼ中央に当たります。
やがて99本目の矢を太東岬の下の浜に突き立て、この長い浜の実測が終了しました。
そこで頼朝はこの浜の名を「九十九里浜」と名付けました。

ところが、この九十九里浜実測南下説の主人公は頼朝ではなく、先祖の八幡太郎義家と呼ばれた源義家であったという伝説もあります。
義家が東北の乱(前三年後九年の役)を平定して帰還する途中、武神である鹿島・香取両神宮に戦勝報告の参拝した後で九十九里浜に行き、その長さを矢を挿しながら実測したという伝説です。主人公の名前が義家というだけで内容は頼朝とまったく同じです。

さて、頼朝の九十九里浜北上説には「この矢で終わり」という100本目の矢の伝説がありましたが、頼朝(義家)の南下実測説では欠落しており、太東崎下の99本目で終わりです。
おそらくその欠落に気付いた人が次のような伝説を追加したのでしょう。

――頼朝一行は、太東崎よりも南に12kmも離れた中魚落(ナカイオチ)村の海岸に来て、100本目の矢を突き刺した。それでこの地区を矢指止(ヤサシドメ)と言うが、現在の地名は大原の矢指戸(ヤサシド)である。―――

一般に伝説の核となる部分は単純で、時代が下るにしたがって様々に尾ひれがつき、修正され、もっともらしく詳しくなっていきます。
九十九里浜は鎌倉時代の1里=6町=654mで計算すると確かに九十九里あります。
だれが計測したか知りませんが、きっと頼朝だろう、いや義家に違いないなどと言っているうちに次第にそれぞれ伝説としてまとまっていきました。
詳しくてよくできた伝説ほど新しい伝説で、だからこそ伝説は人々の希望や願いが反映されて「おもしろい」のです。
                            
補足
頼朝(義家)の九十九里浜伝説は箭挿、矢指が浦、矢指戸という地名由来伝説と読むことができます。地名の本当の由来が不明になった頃、不思議な地名だと思った人々によって創作された伝説でしょう。
他に矢指土、矢指谷、矢指村などの地名が全国にあります。そのうちのいくつかは実際に矢を立てたことが起源と思われます。
矢を立てるとはそこが神域であることを示す古い呪術的儀式です。その地域を悪霊や災害から守り、豊漁・豊作を祈願します。
矢に神秘的な力があると信じ、破魔矢を買う人は現代でも珍しくありません。

 

★お客様はルリモンハナバチ 

 
   百日草に来ていました

駐車場の百日草にいたこの虫を見るのは初めてで、美しさにビックリしました。
ライトブルーのストライプがメタリックに輝きます。
顔の写真を撮ろうとして近寄ったら逃げられてしまいました。

アブかハチか? 図鑑で調べてもネットで調べても名前がよく判らないので「いすみ環境と文化のさとセンター」に画像を送り、調べてもらいました。
   「この写真のみでは断定できないがルリモンハナバチのような特徴がある」
という返事を頂きました。
ルリモンハナバチで画像検索をかけてみると 先日出会ったヤツに間違いありません。
さすがセンターの職員ですね。たいしたもので、頼りになります。

広い意味で蜜蜂の仲間だそうで、画像は熱心に百日草の蜜を集めているところです。
ハチは黄色と黒のストライプばかりじゃないのですねぇ。
ちなみに漢字では、瑠璃紋花蜂 と書きます。
瑠璃色ストライプのハチが近くに住んでいるなんて思いもしませんでした。

いじめなければ人間に危害を加える種類ではなさそうです。
いろんな種類の生き物がいて、みんななんとか棲み分けて生きています。
自然がいっぱいというのは、発見がいっぱいあって楽しい。

先日は野ウサギにも会いました。
1羽いたということは何羽かいるということでしょう。
灯台へ登る途中の広い駐車場で、エッこんな所にと思う場所です。
何有荘の庭でムカデにもゲジゲジにも最近出会いました。
もっともまだ彼らと友だちになるほどは悟ってはいません。

 
 

★スイカの皮の利用法 

 
  天然素材の入浴剤です

気温が10°下がり、今度は8°上昇。これじゃ体にこたえるけれどしょうがない。
熱中症防止には冷えたスイカは好ましい。
体を中から冷やし、水分やミネラルが補給されます。
そして夕方にはもうぬるめのお風呂に入り、体調を整えます。
そんな時、スイカの皮風呂はいかがですか?
まさかスイカの皮を生ゴミで捨ててはいませんよね。モッタイナイ。

<スイカの皮の利用法>
 1.白い部分をサイコロ切り、拍子木切りにして、味噌汁・スープの具、浅漬けにする。
 2.適当に切り分け、鉢や庭の土にかぶせて地面の水分補給、水分の蒸発防止。
 3.お風呂の入浴剤として利用するんです。
   a.適当に切り分け、歯形が残っている赤い部分を切り捨てる。
   b.切り落とした赤い部分と種と汁はティーバッグに入れる。
   c.切り分けた皮とティーバックをバスタブに入れて湯を入れればできあがり。

歯形が残っていると、なんとなくミジメな感じのお風呂になりますから、その辺は上手に切り分けて下さい。
スイカの甘い香りがする香水風呂になります。
少々の塩とか重曹を添加すれば自宅のお風呂が豪華な温泉気分に変わります。
スイカの皮で肌をこすると保水機能があるそうで、肌がスベスベになります。
アセモ対策にも良いそうです。
ちっちゃなお子様がいたら喜びますよね。

浴後の水分をタップリ含んだスイカの皮は生ゴミ堆肥には水分が多すぎます。
それで<利用法2>の「土にかぶせる」で処理します。
数日間は水やりナシで鉢物でもなんとかしのげます。
そのうちに適当に崩れて土に同化します。気になるようだったら埋めちゃって下さい。

もちろんメロンの皮風呂だって、キュウリの尻尾風呂だって良いのだけれど、ごちゃ混ぜに入れちゃうのだけは止めた方がよろしい。
見るからに「野菜クズ風呂」になってしまい、入る気にもなれません。

 

★スベリヒユのおひたし 

 
  畑の強雑草なのに食べればおいしいのです

強雑草として嫌われ、抜き捨てられるのが普通ですが、なんともモッタイナイ。
スベリヒユをサッと炒めて醤油をタラリと同じくらい簡単・単純な「茹でただけ」の食べ方です。

◆スベリヒユの食べ方
 1.スベリヒユを引き抜き、根や太い茎を切り落として良く洗う。
 2.さっと茹でて冷水に30分ほど浸しておけばできあがり。
 3.食べるときに食べやすい大きさにきり、おかかたっぷり、醤油少々でいただきます。

画像はちょっとゆですぎで色が悪くなってしまいました。
それでも、ほんのりとした甘みと舌触りの良い食感は、雑草という正体を知らなければ高級野菜の雰囲気があります。
苦みはまったくありません。太い軸には少々の酸味もあり、ヌルッとした食感です。

スーパーで買ってくる野菜だけが食べられる野菜ではありません。
山菜・野草だって食べるでしょう。 だから雑草だっておいしいものがあるのです。
もしかしてスベリヒユだってそのうち売り出されるようになり、昔は雑草だったのにね、という時代が来るかもしれませんヨ。
なにせ食料自給率は今年も低下しましたから、地産地消を意識して推進しましょう。

スベリヒユはポーチュラカやマツバボタンの仲間ですから、ポーチュラカやマツバボタンも食べられるはずです。 よそ様の庭にさいているのを見るとつい、おいしそうだなと思ってしまいます。
季節的には7~8月上旬の若い株の方が良い。
今の時期はやや時期遅れで、葉が少なくなってしまいますが、株が元気なうちは食べられます。
都会から友人が来たので、歓迎の一品として調理しました。
好評でした。 リップサービスとは思えないのだが、どうだろうか…。

 
 

★蓮の実の甘煮を作りました 

 
 蓮の花  花托  甘煮

近くの蓮沼は農業用貯水池に蓮が自然繁殖したもので、蓮根を取る農業用蓮沼と違います。
人は古代ハスだよと言いますが、権威ある筋からのお墨付きはないようです。
わたしも調べてみましたが、蓮の種類を見分けるのはすごく難しい。
少なくとも蓮根用のハスでないことは確かで、古代ハスに似ています。
古代ハスとしておいた方がロマンがあっていいですね。

<下準備>
蓮の実を取るには花托ごと採集します。高枝ばさみがあると便利です。
花托を手でビリビリと破いてドングリのような実を取り出します。
若い緑の実の方が処理しやすい。緑の実は指で殻をむくことができます。
黒茶色の熟した実は殻が固く、包丁かペンチが必要です。
殻から出した実は南京豆のように薄皮をかぶっていますが今は気にしない。
実の天地を少々切って、中央を楊枝で突き、緑の芽を抜きます。
水洗いして、薄皮もむきます。

わたしは緑の実の中身を生で食べるのが好きですが、今回は甘煮を作ってみます。
甘煮となると熟した黒い実(殻)の方が良いようですが作業は大変です。

<蓮の実の甘煮の作り方>
  1.ひたひたの水を加えて柔らかく煮る。アクは取る。
  2.餡(アン)にするならつぶすけれど、何もせず煮豆の感じでいいと思う。
  3.適量の砂糖と隠し味程度の塩を加えて煮込めばできあがり。

この味は何といいますか、ピーナツのような、栗のような、ギンナンのような…。
中華街で売っているような巨大な蓮の実ではありませんが、手間を掛けただけの味ではあります。
おいしいですよ。この味を極楽浄土の味というのでしょう。

 

★頼朝伝説(6)九十九里浜北上 

 
  晴れていても九十九里浜の先は見えない

千葉県の九十九里浜の長さを計測したのは源頼朝だという伝説が地元いすみ市にあります。
頼朝は石橋山の合戦に敗れ、房総半島で武者を集めて再起します。その途中でのできごととして語られているようです。

いすみ市の布施→江場土→和泉→太東と進んできた頼朝一行はここ太東海岸から九十九里浜に降り立ちます。
地元の者に「先が見えないほど長い海岸だがどれほどあるのか」とたずねたが誰も知らなかった。
頼朝はその長さを確かめるために翌朝、部下とともに出立した。その際、1里進むごとに1本の矢を立てていった。
49本目の矢をした場所が蓮沼海岸。そこから小さな祠(ホコラ)が見えた。その由来を地元の者に尋ねたところ、昔、日本武尊(ヤマトタケルノミコト)が東征の折に立ち寄った場所で、しかも先祖の源義家(八幡太郎義家)が東北の乱(前九年後三年役)平定後この地に立ち寄った源家由来の神社だと知って頼朝は喜んだ。
そこで矢を10本束ねて供物(クモツ)として奉納して大願成就を祈願した。その後、この祠は箭挿(ヤサシ)八幡宮と称していたが、現在は箭挿神社という。
矢を挿しながらの九十九里浜調査はさらに続き、飯岡の刑部(ギョウブ)岬が見える浜辺で99本となった。今この浜辺を矢指が浦海岸という。
矢指が浦は九十九里浜全体の別称であるという人もいる。

     まん丸や、箭挿が浦の月の的(マト)  ---- 源頼朝

早朝に太東を出発して夕刻になってしまったが、こうしてこの海岸が九十九里あることが確かめられた。
頼朝は全行程調査が無事終わったことを感謝して100本目の矢を多古町の「次浦」に埋めた。埋められた跡は矢指塚と呼ばれた―――。

1里を4kmとすると九十九里浜は396km。ところが実際は約66kmですからずいぶんサバを読んだものです。
九十九の意味を文字通り99だと考えない方が良いようです。
九州に九十九島(ツクモジマ)という風光明媚な湾に若い頃に行ったことがあります。
九十九とは単に「たくさん」の意味で、実際に島がいくつあるかは問題ではありません。
同様に九十九里浜も単に「長い」浜という意味だと考えることができます。

しかし本当に昔は九十九里だったのです。鎌倉時代、関東地方では6町を1里として いました。1町は約109mですから、1里は654m。99倍すると約65km。ほぼ現実の66kmと言えるでしょう。
正確な測量機器などない時代ですから、「九十九里浜」とはリアルな表現でした。

江戸時代は全国的に36町で1里と定められます。鎌倉時代は99里だったという歴史的な言い伝えが、頼朝が測ったら99里だったという伝説に育っていったものと私は推測しています。

 

★ムクゲの花となた豆の花の甘酢漬け

   
    赤梅干しを漬けた赤紫蘇とその汁を利用して着色
 

ムクゲの花が咲いているとオイシソウダナと思ってしまうのは根がイヤシイからでしょう。
真っ白なムクゲの花はとても清楚で、白を国民色とし、新鮮な朝の国という異名を持つ韓国の「国花」というのもうなずけます。
なた豆の白い花もとても魅力的でおいしそうです。蟻んこが群がる蜜もありますしね。
今回はこの白い花を甘酢漬けにしましたが、色取りが欲しいと思い、梅干しを漬けた赤紫蘇とその汁を利用して甘酢をつくりました。

<作り方>
 1.ムクゲは花びらがバラバラにならないように、ガクをぎりぎりで切り落とし、ガクと花芯は除く。
 2.なた豆のガクは柔らかいのでそのまま使う。
 3.なた豆の緑のガクだけは他よりも先に熱湯につける。
 4.なた豆の花とムクゲノ花は熱湯に少しさらすだけで良い。
 5.冷水に取り、ざるにあげ、水気を落とす。
 6.器に盛り、甘酢をかけまわしてできあがり。

バクバク食べる料理ではなく、文字通り「箸休め」の一品です。
こんな一品があるだけで夕食が気持ち豪華になります。心が豊かになる感じがします。
色取りにと赤梅干しの梅酢を使いましたがとても酸っぱくてしょっぱい。
甘酢なのだから常識的に普通の酢(米酢など)を使った方が良かった。
色気が欲しいと色気を出したのがまちがいでした。
なた豆の花は蜜が甘くてうれしいですね。

ムクゲの花はいろいろカラフルな花がありますから、それぞれ楽しめます。
食べられる花・エディブル・フラワー(edible flower)は商品として売りに出されている種類に限ったことではありません。
超簡単な料理ですから一度お試しあれ。