★キンモクセイの香り

キンモクセイ
     東京から2週間遅れでキンモクセイが満開になった

小学生だったころ、展覧会などで金賞・銀賞・銅賞の次が佳作でした。
だから 「佳作」 とは残念賞ぐらいの意味だと思っていました。

一方、同級生に圭子さん、桂子さんという人がいて、ヨシコさんかケイコさんでした。
桂とか圭が素晴らしいという意味であることはずいぶん経ってから知りました。

中国に桂林という風光明媚な観光地があり、ずいぶん前に行ったことがあります。
山水画のような景色とともに有名なのはキンモクセイの町ということでした。
その季節になるとキンモクセイの香りに町中が包まれ、だから 「桂林」 だと聞きました。

キンモクセイは中国語で丹桂とか桂花といいます。
見目麗しく香り高い赤い花が咲く樹木という意味ですね。

キンモクセイは外来種で、江戸時代に日本に輸入されました。
香り高い庭樹として珍重されましたが、昭和の頃なると庶民の家庭にも普及し、汲み取り式便所の悪臭をごまかすために便所の周囲に植えられるようになったそうです。

化学合成の香料は臭いが強すぎぎて、嫌いだという人は多くいます。
洗剤だか香料だかのCMも臭いがきつそうです。
そんな人が電車の中で隣にでもいると、もう“香害“だという人の気持ちもわかります。

やはり自然な香り、ほのかな香りが一番良い。

車で通りすぎれば香りも何も気づきません。
散歩の途中でキンモクセイの香りがすると、おや、どこだろうと探してみたくなります。
キンモクセイの香りがただよってくると、もう秋だなぁと実感します。



 
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★秋祭り、ススキの穂の色は「まそお色」

ススキの穂
  真赭(マソオ)色とは赤系統で明るさを落とした感じの色。

日本では古来から硫化水銀から得られる辰砂の朱色が魔よけの色として使われてきました。
古墳時代の棺桶の内側に塗られたり、神社の鳥居の色に使われ、卑弥呼の時代には中国に輸出もされていました。

ススキと言えば十五夜お月さんですが、いすみ市近辺の秋祭りでも重要な素材です。
穂をよく見ると、ススキの若穂の色はかすかに赤味がかっています。それが霊力のしるしです。

ハツクニシラススメラミコト(初めて国を統治した天皇)の名で知られる崇神天皇は国内が混乱した時に、いずれの神様の祟りかを占うために [神浅茅ヶ原 カムアサジガハラ] で祈りを捧げました。
カヤやススギ、オギなどが生い茂る荒野は神の住む場所ように思われたのでしょう。
時代が下がると、浅茅ヶ原は鬼婆が住む場所と恐れられます。
現代では、箱根の仙石原などは一大観光地と化し、恐れる人はいなくなりました。

それでも昔からの伝統を引き継ぐ秋祭りでは、五穀豊穣・大漁祈願・悪霊退散のシンボルとしてススキは欠かせない素材です。
ついでに言うと、いすみ市に昔から住む人々は、祭りをマチといいます。古い日本語です。

そのススキが今年はめっぽう少ないのです。
天候不順のせいか、はたまた草刈り機で毎年のように刈られてしまっているからか、ちょっと寂しい気がします。
まそお色も鮮やかに出ていませんでした。

秋の虫のマツムシはススキに産卵しますから、ススキがなくなれば全滅するのは当然です。
今年はマツムシの声も聞こえません。
秋の七草の一つであるススキは日本の秋を代表する植物です。
空き地に生えているススキは、できれば刈り残してもらいたいものです。

*****

ゴーヤのちょこっと料理――画像がなくてごめんなさい。今年はゴーヤの当たり年。

①ピザパンの具。細切りにしてピーマン同様に使います。
②豚肉ロースの拍子木切りと色とりどりのピーマン、パプリカの細切りを油味噌炒め。

どちらもパパッと料理でゴーヤを簡単に消費できます。

 
 

★9月になりました。

センニンソウ
    夏の終わり、仙人草(センニンソウ)の花

夏の終わり、8月中旬から9月にかけて、真っ白な花が藪に覆いかぶさるようにして咲きます。
近くによってよく見てみると、一つひとつの花がとても精巧で美しい花だと思います。

蔓性多年植物でキンポウゲの仲間。学名はクレマチス(Clematis terniflora)といいます。
園芸品種のクレマチスはこのセンニンソウの仲間なんですね。
キンポウゲの仲間はどれもみな美しくて毒があります。

昔、医療が発達していなかった頃、人々が頼ったのが迷信と薬草でした。
毒草は薬草でもあり、センニンソウは扁桃腺や虫刺され、火傷の薬でした。
茎を切った時やもんだ時の汁に効能があるようで、汁でかぶれます。
最近、野生化している何有荘の庭にも進出しており、引き抜く折には気を遣います。

馬や牛は本能的に毒性があるのを知っているのか、路傍の草を食べる時もこの草はよけると言います。
ところが、飼料として草刈りをしたときにこの草が混じると大変なことになるようです。
それで別名が、ウマノハオトシ、ウシクワズといいます。
知人はヤギを飼っていますが、草には気を付けていると言っていました。

自然界には毒のある草はたくさんあります。
アサガオ・アジサイ・エンゼルトランペット・スズラン・スイセン・ヒガンバナ・ポインセチアなど。キョウチクトウも危険です。
ジャガイモだって青い芽で食中毒を起こします。

いたずらに恐れる必要はありませんが、野草はおいしい、何でも食べられると思うのは無知というか、傲慢です。
わたしたち人類は馬や牛ほど本能が発達していません。
新しいことを知り、謙虚にならねばと思っています。


 
 

★ジャコウアゲハの幼虫

ジャコウ幼虫
   ウマノスズクサ(馬の鈴草)だけを食べる

ジャコウアゲハとはアゲハの仲間で、オスがジャコウの香りを放つことが命名の由来ですが、そんな香りは嗅いだことがありません。
クロアゲハに似たすっきりした姿のアゲハです。

ジャコウアゲハはウマノスズクサというツル性の雑草だけしか食べません。
この雑草にはアリストロキア酸という毒があり、ジャコウアゲハはこれを食べても死にません。
毒と共存する特殊な身体を獲得し、幼虫も成虫もその毒を体内に貯めているので、天敵も寄り付かないといいます。

アゲハモドキという蛾がいます。ジャコウアゲハにそっくりな姿がその名前の由来です。
ジャコウアゲハそっくりに擬態すれば天敵に狙われないと進化したちゃっかり者の蛾です。

ところが神様の采配は微妙です。
アリストロキア酸に強い寄生蜂やクモが少数ながら天敵として存在します。
ウノノスズクサしか食べないので、その草がなければ飢え死にです。
雑草刈りで刈られることが多く、各地でウマノスズクサは激減しています。
かなり食欲旺盛で、その1株に多数の幼虫がいると葉不足から共食いを始めます。
その株が小さければ、結局だれも生き延びることはできません。

画像の幼虫は某所の小さなウマノスズクサに産み付けられていた卵を何有荘のウマノスズクサに移したものが、大きく育ったものです。
二匹いたはずなのに一匹しか見当たりません。
食草があれば無事育つというのでもなさそうです。
この一匹はなんとか美しい蝶に大変身してもらいたいものだと応援しています。

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いすみ市役所での展示『いすみ市の戦争遺跡』が新聞に載りました。
     千葉日報87 001     IMG.jpg
    千葉日報・県南版(8月7日)       朝日新聞・千葉版(8月9日)

今は平和な景色が広がるいすみ市も72年前は本土防衛の最前線でした。
わたしたちの展示によって、昔を知る人々が戦時中の苦労を語りだすきっかけになれば良いなと思っています。
その苦しみ、悲しみ、怒りがあったからこそ戦後の平和が続いてきました。
その思いを語り継ぐ時代になりました。


 


 
 

★太東埼のスカシユリ

スカシユリ

今年のスカシユリは満開で、なかなか見ごたえがありました。
色濃い橙色のユリで、背はあまり高くなく、がっしりとした印象です。
海浜植物ですから、強い風に対応するように背が抑えられているのだと思います。

花びらは一見すると6枚ですが、構造的には3枚の萼(ガク)と3枚の花弁でほぼ同じ模様です。萼だ花弁だと、こだわらなくともいいと思うのですが…。

名前の由来は花の付け根、萼と花弁が接する部分にすき間があること。
普通は重なる部分が、まるで虫歯、味噌っ歯のようにすき間が開いているからでしょう。

画像撮影場所は、いすみ市太東埼に隣接した海岸の海浜植物群落地。
そこは大正8年(1919)に制定された史蹟名勝天然紀念物保存法 に基づいて、翌年、日本最初の国指定天然記念物に指定された由緒ある場所です。

ところが当時と比べると海岸線は著しく後退し、植物群落はかろうじて存在しているにすぎません。
波浪による浸食を防ぐためテトラポットが置かれ、河川の土砂はダムでせき止められ、その他海流の変化などさまざまな影響で海浜を構成する砂が供給されなくなったことで、砂浜が消失し、植物群落も消失し続けました。
文化文明の進歩が大自然を破壊している例といえるのかもしれません。

花の時期は短く、花がないとただの野原で、期待外れです。
スカシユリの季節はさすがだな、という見事な景色で、一見に値します。
もうそろそろ終わりに近づきました。
機会があれば、今の季節に一度は訪れた方が良い場所だと思います。

なお、スカシユリはいすみ市の花に指定。
スカシユリという名で売られている園芸種は、似ても似つかない百合ですから注意が必要。
太東崎漁港-海浜群落-大原八幡崎にて野生のスカシユリに出会えます。

     スカシユリ2

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頚肩腕症候群になるかと思うくらい各種文章の締め切りに追われ、あちこち出かけ、忙しい毎日が続きました。
ようやく宿題の大半をやり終え、たくさん寝て、好きなことをして脳みそをリセットしました。

嫌な仕事はやらない、好きなことだけすると決めたのに、頼まれるとなかなか断れない。
世の中には断り上手な人がいて、うまく口実を設けてすり抜ける。
人は人。自分は自分。
そういう人生だと前世から決まっていたに違いないと思います。