★ジャコウアゲハの幼虫

ジャコウ幼虫
   ウマノスズクサ(馬の鈴草)だけを食べる

ジャコウアゲハとはアゲハの仲間で、オスがジャコウの香りを放つことが命名の由来ですが、そんな香りは嗅いだことがありません。
クロアゲハに似たすっきりした姿のアゲハです。

ジャコウアゲハはウマノスズクサというツル性の雑草だけしか食べません。
この雑草にはアリストロキア酸という毒があり、ジャコウアゲハはこれを食べても死にません。
毒と共存する特殊な身体を獲得し、幼虫も成虫もその毒を体内に貯めているので、天敵も寄り付かないといいます。

アゲハモドキという蛾がいます。ジャコウアゲハにそっくりな姿がその名前の由来です。
ジャコウアゲハそっくりに擬態すれば天敵に狙われないと進化したちゃっかり者の蛾です。

ところが神様の采配は微妙です。
アリストロキア酸に強い寄生蜂やクモが少数ながら天敵として存在します。
ウノノスズクサしか食べないので、その草がなければ飢え死にです。
雑草刈りで刈られることが多く、各地でウマノスズクサは激減しています。
かなり食欲旺盛で、その1株に多数の幼虫がいると葉不足から共食いを始めます。
その株が小さければ、結局だれも生き延びることはできません。

画像の幼虫は某所の小さなウマノスズクサに産み付けられていた卵を何有荘のウマノスズクサに移したものが、大きく育ったものです。
二匹いたはずなのに一匹しか見当たりません。
食草があれば無事育つというのでもなさそうです。
この一匹はなんとか美しい蝶に大変身してもらいたいものだと応援しています。

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いすみ市役所での展示『いすみ市の戦争遺跡』が新聞に載りました。
     千葉日報87 001     IMG.jpg
    千葉日報・県南版(8月7日)       朝日新聞・千葉版(8月9日)

今は平和な景色が広がるいすみ市も72年前は本土防衛の最前線でした。
わたしたちの展示によって、昔を知る人々が戦時中の苦労を語りだすきっかけになれば良いなと思っています。
その苦しみ、悲しみ、怒りがあったからこそ戦後の平和が続いてきました。
その思いを語り継ぐ時代になりました。


 


 
 
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★太東埼のスカシユリ

スカシユリ

今年のスカシユリは満開で、なかなか見ごたえがありました。
色濃い橙色のユリで、背はあまり高くなく、がっしりとした印象です。
海浜植物ですから、強い風に対応するように背が抑えられているのだと思います。

花びらは一見すると6枚ですが、構造的には3枚の萼(ガク)と3枚の花弁でほぼ同じ模様です。萼だ花弁だと、こだわらなくともいいと思うのですが…。

名前の由来は花の付け根、萼と花弁が接する部分にすき間があること。
普通は重なる部分が、まるで虫歯、味噌っ歯のようにすき間が開いているからでしょう。

画像撮影場所は、いすみ市太東埼に隣接した海岸の海浜植物群落地。
そこは大正8年(1919)に制定された史蹟名勝天然紀念物保存法 に基づいて、翌年、日本最初の国指定天然記念物に指定された由緒ある場所です。

ところが当時と比べると海岸線は著しく後退し、植物群落はかろうじて存在しているにすぎません。
波浪による浸食を防ぐためテトラポットが置かれ、河川の土砂はダムでせき止められ、その他海流の変化などさまざまな影響で海浜を構成する砂が供給されなくなったことで、砂浜が消失し、植物群落も消失し続けました。
文化文明の進歩が大自然を破壊している例といえるのかもしれません。

花の時期は短く、花がないとただの野原で、期待外れです。
スカシユリの季節はさすがだな、という見事な景色で、一見に値します。
もうそろそろ終わりに近づきました。
機会があれば、今の季節に一度は訪れた方が良い場所だと思います。

なお、スカシユリはいすみ市の花に指定。
スカシユリという名で売られている園芸種は、似ても似つかない百合ですから注意が必要。
太東崎漁港-海浜群落-大原八幡崎にて野生のスカシユリに出会えます。

     スカシユリ2

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頚肩腕症候群になるかと思うくらい各種文章の締め切りに追われ、あちこち出かけ、忙しい毎日が続きました。
ようやく宿題の大半をやり終え、たくさん寝て、好きなことをして脳みそをリセットしました。

嫌な仕事はやらない、好きなことだけすると決めたのに、頼まれるとなかなか断れない。
世の中には断り上手な人がいて、うまく口実を設けてすり抜ける。
人は人。自分は自分。
そういう人生だと前世から決まっていたに違いないと思います。


 
 

★いすみ市はヤブカンゾウの季節

ヤブカンゾウ2
   ユリの仲間。近縁種には、ノカンゾウ、ニッコウキスゲなど。

薮萓草と書き、豆科の甘草とは音が似ていますが、全く無関係。
7月になるとあちこちで咲きだします。多くの場合、他の雑草に紛れていますので、草刈り機で刈られてしまうのが残念です。
春の若い芽も今の季節の花のつぼみも、びっくりするほど優秀な野草料理の一品になるのに…。

万葉集の時代から「忘れ草」の名前で知られていました。
若いころ、勿忘草(ワスレナグサ)をあなたに、なんて歌が流行りましたが、こちらは忘れ草。

一日花で、日ごとに新しい花が咲き、次々に花が散るので、過去にとらわれない花とみなされ
嫌なことや未練を断ち切るにはこの花を見習えばよいと万葉の人々は思いました。

   忘れ草 垣も繁みに植えたれど 醜(しこ)の醜草(しこくさ) なお恋にけり
                       『万葉集』巻十二3062 詠み人知らず

――忘れさせてくれる草と聞いて垣にたくさん植えたのに、ちっとも効き目がなくて、あの人のことが忘れられない。なんて役に立たない草だ、なんてバカな名前の草なんだ――

次は政争に敗れて大宰府に左遷された大伴旅人の歌。巻三 334

    わすれ草 わが紐に付く 香具山の故(ふ)りにし里を忘れむがため

――忘れ草を私は腰の紐に付けている。香具山のふもとの懐かしい故郷を忘れるために――
大伴氏は天皇がまだ大王(オオキミ)と呼ばれていたころの大豪族でしたが、奈良時代になると次第に藤原氏などに圧迫されて地位が低下し、ついに左遷されます。その頃の歌二首。

   344番  あな醜 賢しらをすと酒飲まぬ人をよく見ば猿にかも似む
   348番  この世にし楽しくあらば来む世には虫に鳥にも我れはなりなむ


偉そうに酒も飲まずに説教垂れる人を良く見ると猿に似た顔で醜い姿じゃないか、と歌ってみたり、
楽しければ来世に生まれ変わるのに虫でも鳥でも構わないとうそぶく旅人ですが、つい寂しさに腰にヤブカンゾウを挿して、できれば昔の栄華は忘れたいと願うのでした。

やがて平城京に帰還できますが、息子の家持はさらに大弾圧を受けます。それはまた別の話。
万葉集の編纂者として知られています。その家持がまだ若いころの歌。巻四・727

  忘れ草 我が下紐に付けたれど 醜(しこ)の醜草 言(こと)にしありけり

大伴家持の歌は上記3062番を踏まえていて、同じ語句が採用されています。恋の相手は後に妻となる坂上大嬢(サカノウエノ オオイラツメ)。
名前の割には全く役立たずのバカ草じゃないかとののしっています。

万葉時代の人々にはそれほど愛され、頼りにされ、そしてののしられた花なのに
現代人は見向きもしない人が多いのは、昔の人より悩みが少なくなったからでしょうか。
いや、そうではなく、花に慰められる暇さえ見つからないからだと思います。


 

★今年も会えたネジバナ

ネジバナ
    高さ20cm程度。ラン(蘭)の仲間で、いわば芝生の雑草。

開店祝い、当選祝いなどお祝いの花といえば胡蝶蘭。
いすみ市の里山の宝といえば金蘭、銀蘭。
そして芝生に咲く蘭の花が画像のネジバナです。

雑草に交じって咲く花で、わたしが最初に見たのは勤務場所があった東京大井町の空き地。
つまり都会地でもそう珍しくありません。
最近は特に建物の周囲を公園のように植栽するビルが増え、その植栽の間からネジバナが顔を見せることがよくあります。

わたしがいすみ市のネジバナポイントとして見に行く場所も、まったくの自然状態の場所ではなく、芝生が植えられた場所です。
おそらく芝生を植える際の用土にネジバナの種が混じっていたのでしょう。

しかし芝生ゆえに管理者の都合で刈られますから、毎年見られるわけではありません。
残念なことに今年は2カ所で1本も見ることはできませんでした。

ネジバナは不思議な植物で、小さな花がねじれながら花茎に順次着いて花咲かせます。
しかも、右回りか、左回りか五分五分で、特に決まった法則はないそうです。

その小さな5mm程度の花をルーペでよく見ると確かに蘭(ラン)の仲間だと納得します。
野生の植物は、特に蘭の仲間は家で育てるのは難しいと言われています。
このネジバナも、ラン菌という特殊な菌の力を借りなければ育ちません。
いわば共生関係。
ラン菌のない所では育たず、芝や雑草と一緒に刈られてオダブツ。日照りでオダブツ。洪水に流されてオダブツ…。  

ある植物が、ネジバナが今そこにあるということは、奇跡のような偶然が積み重なってこそ、今そこにある ということなのでしょう。
おそらく人間も、わたしが今生きているということも、数多くの偶然と善意に支えられてのことなのだと思います。

ブツブツ文句ばっかり言っていないで、「感謝」 を座右の銘にしなくちゃなと思っています。


 
 

★7月2日は半夏生(はんげしょう)

ハンゲショウ
      水辺にはハンゲショウの「花」が…。

夏至から数えて11日目、7月2日からの5日間が「半夏生」です。
7月7日からは「小暑」となり、いよいよ暑さが本格化します。

その頃、水辺には白い花が咲きます。
花といっても本当は葉で、葉の一部がまるで白粉を塗ったように真白くなって虫を誘います。
本当の花は白い葉の上に穂のようになって突き出ています。
お化粧したような姿なので、「半化粧」で、ハンゲショウといいます。

どう見ても厚化粧なので、連想として、苦界に身を沈めた薄幸の女性の生まれ代わりのような感じが漂います。
おそらく、ケショウという単語がそのイメージを導くのでしょう。

仏教では母親の胎内から出生するものを胎生(たいしょう)といい、卵ならば卵生(らんしょう)。
ウジやボウフラ、カビのように湿気の中から産まれてくるのが湿生(しっしょう)。
そして、前世の業(ゴウ)により忽然と現れるものを化生(けしょう)といいます。

天女や地獄の鬼などが化生。
だけと妖怪・変化・化け物・幽霊などをいうことが多い。
つまりハンゲショウだと、半分化生の者、というイメージが出てきます。

ハンゲを人格的にとらえて、地域によってはこの時期に降る雨をハンゲ様と言って、毒の雨が降ると信じられてきました。
井戸に雨水が入らぬようにフタをしろ、とか、妊産婦に生水は飲ませるな、なども聞いています。

おそらく不衛生であった昔の人の教えとして食中毒などに気を付けよということなのでしょう。
働いてはいけないという地域もあり、これも季節の変わり目に際して過労死を諌めるものでしょう。
これから本格的な暑さが来る前の心構えを事前確認する習慣だったと思います。

ハンゲの危険な五日間を乗り切るために、地方によっては独特の食習慣がありました。
タコ(関西)、サバ(福井)、ウドン(香川県他)が有名です。

いすみ市では特別な食習慣は聞いたことがありませんが
今年はスーパーのチラシに、ハンゲショウにはタコを食べる という宣伝が載りました。
関西発祥の恵方巻のように、関東でも流行らせて一儲けしようという魂胆でしょう。