★房総沖、スロースリップの地震だって

スロースリップ
    地盤が南東に6.5cmずれた

6月12日の明け方、震度3の地震があり、ちょっと驚きました。

11日に政府の地震調査会から『房総沖でスロースリップが頻発しているので注意を要する』との発表があり、翌12日に震度3の地震があったので、調査会委員長が 「きのうの会合で指摘したとおりに地震が起きた」 となかば自慢げにコメントしていました。

そして14日にも地震があったので、あわててこの1か月の地震を調べてみました。
房総沖では震度1の地震が4回、震度2が4回、震度3が2回。
頻発していると言えるでしょう。

――千葉県の房総沖は、陸側のプレートがフィリピン海プレートに沈み込んでいる。ここでは、境界面がゆっくりと滑るスロースリップ現象が数年おきに発生しており、そのたびに周辺の地震活動が活発になっている。――

つまり、活動期と休眠期があり、今が活動期だという指摘です。
ふたたび休眠するか、それとも大きな地震の前触れなのか、その指摘はありません。
『今後比較的大きな地震が起きる可能性』があるとして注意を呼び掛けているだけです。

甚大な被害を出した3.11、あるいは2016年の大分・熊本地震。
次は南海トラフの巨大地震かと警告されています。
その陰に隠れて房総沖、相模湾、東京直下の地震はちょっと緊迫感が薄れていました。

米と味噌があるので最低限の飢えはしのげそうです。冷蔵庫にはなにがしの食料が入っています。
水、ガスボンベ、乾電池を点検しました。
3.11の時はいすみ市でも多少の津波がありましたが、たいした被害ではありませんでした。
困ったのは、どこのガソリンスタンドも長蛇の列で、いつ給油できるかおぼつかないことでした。
それで、100km程度は走れる量のガソリンはいつも車に残量があるようにしています。

携帯の充電も常にアンテナ3本立っているようにしないとね。
残量がなくて通話が突然プッツリ切れてしまった経験があります。

いくら準備してもダメな時はダメですが、備えもせずに討ち死にとは愚かなことです。
この原稿を書いているたった今、震度3の地震がありました。
震源は隣町の一宮。一宮と長南町が震度4。

あ、また揺れました。
なんとか休眠期に入ってほしいと思っています。
あ、またまた地震。
これで本日は震度3,2,3の3連続。
1か月で13回。ちょっと不安になります。


 
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★梅雨時の梅仕事――「さしす」で減塩梅干し

黄色梅
     青梅を追熟させて黄色くなった梅を使います

梅干しは重量比20%ほどの塩で漬けるのが普通ですが、このレシピは砂糖、塩、酢で漬けるので「さしす」梅干しと言います。
2016年にNHKで料理研究家の横山タカ子さんが披露したレシピで、塩は半量の10%ほどですから減塩です。
酢をたっぷり使うのが特徴で、ネットに上がったどのさしす梅干しも、ほぼ横山さんのレシピを踏襲しています。

使った材料
 さ――砂糖 600g  ザラメ
 し――塩  200g  赤穂の天塩
 す――酢  1600g   米酢
 追熟梅――2000g   地元の直販所で購入。見目麗しい2Lサイズ。キロ500円。


作り方(漬け方) 梅干し、梅シロップ、梅サワー作りとほぼ同じ手順です。
 1. 追熟した梅をやさしく洗い、なり口を竹串で除き、表面の水分を完全にふき取る
 2. 塩と砂糖をよく混ぜ、酢と合わせておく=漬け汁
 3. 消毒した保存瓶に梅をやさしく並べ、漬け汁をやさしく注入する
 4. 梅が浮いてきたら、梅の頭が出ないように皿などで重石する
 5. 梅雨明けの晴れ間に(7月上旬――漬けてから2~3週間後)、2~3日天日干し


昨年まで、健康を気にして10%の塩に5%の砂糖添加で減塩梅干しを作っていました。
塩20%で作る梅干しはしょっぱいけれど、白米には本当によく合い、おいしい。
自作の減塩梅干しはカビもなく、それなりにおいしい梅干しができたのですが、少しパンチ力が足りない気がしていました。
それで今年の減塩梅干しは、酢たっぷりのさしす梅干しにしてみようと思ったのです。

桶にセットし終えて思ったのは、これは梅サワーの残り梅の再利用に近いなという印象。
梅サワーはたっぷりの酢に砂糖を加えて作ります。
それに塩を少々加えたのが 「さしす」梅干し ではないかという疑問です。
梅雨明けにこの梅を天日に干すのだから、梅干しには違いはないけれど…。

ま、減塩でおいしい梅干しができればそれで良し。
ブツクサ文句を垂れる前に、やってみることが先でしょう。



 

★電線で大声で叫んでいるのはオオヨシキリ

オオヨシキリ
     ふつうはアシやガマの穂に止まって叫ぶのだが

夏が近づくと、何有荘近くで一番大声で叫んでいる野鳥は夏の渡り鳥・オオヨシキリです。
スズメより少し大きく見えるのは、尾がスズメより長いからか。
体の色はスズメと同じくくすんだ茶色です。

湿地帯である葦(アシ)原にやってきて、大声でテリトリーを宣言します。
ふつうは葦原のアシやガマの穂の先端に止まってさえずるのですが、この個体は電線に止まるのが好きなようです。
電線上の方が視界が広くとれることに気づいたのでしょう。

近づくとすぐ逃げてしまうので、ちゃんとした画像はネットから拝借しました。
  オオヨシキリ2  画像元→● 

どこにそんなエネルギーがあるのか。大きく口を開いて大げさに、仰々(ギョウギョウ)しく鳴きます。
その鳴き声は ギョギョシ、ギョギョシ ゲチゲチゲチと聞こえます。
それで 俳句の世界では、行々子(ギョウギョウシ)という名になり、夏の季語となるようです。
実際の声を聴きたければ 「オオヨシキリ 鳴き声」 で検索をかけるとたくさんヒットします。

葦原のアシという語感を嫌ってヨシと言い換えることがあります。
吉原とは、本来は葦原のことです。
その葦の茎に潜む虫を、茎を引き裂いてついばむので、ヨシキリ。
コヨシキリという別種もいるそうですが、会ったことはありません。

  よしきりの ここだ来鳴ける 河口に かかる木橋は 古りにけり
                                  宮本百合子


「ここだ」とはたくさんの意味。河口に架かる木橋とは国道128号線、夷隅川に架かる江東橋のことで、戦前はコンクリ製ではなく木橋だったのですね。
東京から病気療養に来た百合子には、懐かしいような心休まる景色だったのでしょう。

毎年、夏が近づくとオオヨシキリが今年も来たなとうれしくなります。
野鳥が得意な知人が東京から来たとき、オオヨシキリがうるさいんだよね、と自慢げに言ったら、夏の間だけですから我慢してください、と真面目に返されてしまいました。

子どもの声がうるさくとも、虫の声がうるさくとも、カエルの声がうるさくともそれが自然の姿ですから、自然の姿が自然に回っていることはうれしいことです。
虫の音も聞こえない、鳥もカエルも消え失せ、そして子どもの泣き声や笑い声さえしない世の中なんて、想像するだけでさみしくなります。


 
 

★梅雨になって梅仕事――梅シロップ

梅シロップ
     直販店では梅の実が並んだ

梅シロップとか梅ジュースと言われていますが、要するに梅の砂糖漬けです。
砂糖に漬けられた梅からは浸透圧でエキスが大量ににじみ出てくるので、そのエキス液を何倍かに薄めて飲むと、さわやかな夏の飲料ができます。

梅雨の長雨が始まる頃に梅の実が店頭に並び、およそ1か月の梅雨の期間が梅シロップの熟成時期で、梅雨明けの猛烈な暑さの頃にクエン酸たっぷりの梅シロップが出来上がります。
世の中うまくできているものですね。
というか、ご先祖様方はうまく自然の流れを利用してきたものだと感心します。

梅シロップの作り方。
1.青梅1kg。黄色くなった追熟梅でもOK。流水できれいに洗う。
2.ザルにあげ、ペーパータオルで水分を完全にふき取る。
  (拭く前の数時間のあく抜きはしてもしなくともOK)
3.竹串でなり口のヘタを取る。
  (次の工程――フォークで実に穴をあけたり、冷凍庫で凍らせる--は不要)
4.消毒した4リットルの梅酒用のビンに、氷砂糖1kgと梅を交互に丁寧委に仕込む。
  (白砂糖、黒砂糖、ザラメ、キビ砂糖などお好みで。氷砂糖が使い勝手が良い)
5.きっちり蓋をして後は1か月待つだけ。
仕込み場所は冷暗所でなくともOK。
日に数回はビンをゆすったり、傾けて梅が梅液に浸るようにする――カビ防止のため。
6.砂糖が完全に溶けていれば出来上がり。
  エキスを搾り取られてしなびた梅は引き上げても、引き上げなくともOK


約1か月の辛抱ですが、この方法だと透明で澄んだシロップ液がとれます。
少々濁った液でも良いなら、もっと早くできる方法もあります。
 イ) 洗った梅にフォークで穴を何カ所もあける
 ロ) 洗った梅に包丁で何カ所か切れ込みを入れる
 ハ) 洗った梅を冷凍庫で凍らせる
 ニ) 電子レンジで加温する――などなどでしょうか。

本格的な暑さにはまだ日にちがあります。あまり手を加えず、じっくり育成した方が味に深みが増すような気がしています。


★定家葛(テイカカズラ)

テイカカズラ
     プロペラに似た形の白い花が咲くのですぐわかる

入梅の頃、大きな木に白く小さな花がびっしり咲いていると何の木だろうかと思います。近寄ってみるとそれはテイカカズラというツタ植物がまとわりついているのだということがわかります。
このままじゃ、まとわりつかれた木がかわいそうだという気もしてきます。
山林の手入れをする人はだから容赦なく切り捨ててしまいます。

テイカとは藤原定家のことで、源平時代、小倉百人一首の選者として知られています。

   来ぬ人を まつほの浦の 夕なぎに 焼くや藻塩(もしほ)の 身もこがれつつ
                                       権中納言定家(97番)
――松帆の浦で藻塩を焼く煙が立ち上っています。私の心はその藻塩のように待つ人を恋焦がれ、焼けるような思いで揺らいでいます――という女性目線で詠んだ歌です。

その恋人であったとウワサされていたのが、後白河法皇の娘で、加茂神社の斎王であった式子(ショクシ)内親王。情熱の歌人として知られています。

  玉の緒よ 絶えなば絶えね ながらへば 忍ぶることの よわりもぞする
                                     式子内親王(89番)
――魂をつなぎとめているという紐が切れてしまって死んでしまってもかまわない。このまま忍ぶ恋を続けていれば耐え切れず、ついにその恋が露見してしまうよりはマシだ。――

斎王とは神様に仕えて一生独身であることを強制された女性です。
そのような社会的身分であっても、生身の女性として恋をすることがあったとしても当然でしょう。

式子内親王と定家が許されぬ関係にあったかの証拠は残っていません。
定家は内親王より13歳年下ですが、彼女を先輩歌人として尊敬していたのでしょう。写実よりもロマンチックな心象と技巧を重視した新古今集時代の風潮が後押しました。
斎王を引退した内親王がその後、様々な俗世のトラブルに巻き込まれて病床に伏せっていた屋敷に、定家が頻繁に見舞いに訪れたという記録が定家の日記に残されています。

たぶんそのようなことから、スキャンダルやゴシップ記事が大好きな人々によって定家と内親王の話が密かに伝えられたのでしょう。

その話を芸術の域にまで高めたのが、宝生流謡曲(能)の『定家』です。
内親王の墓に定家の霊であるツタがまとわりつき、両者とも今生に未練を残して苦しんでいる。旅の僧が弔ってはじめて成仏したという舞台です。

まとわりつき、しがみつく、まるでストーカーのようなツタですが、貴族としての華麗さを保ったような白い花なので、テイカカズラと名付けられたのでしょう。
田舎道を散歩していると、鬱蒼とした木立の中にこのきれいな花を見かけます。