★ザゼンソウ花咲く

ザゼンソウ
  いすみ市のとある湿地帯にて

ザゼンソウ(座禅草)を初めて見たのは尾瀬で、まだ残雪がたっぷりでしたから、5月の連休のころだったのでしょう。ずいぶん昔のことです。

木道の隙間から顔を出していました。雪原だと、そこだけ雪が解けて顔を出しています。
後から知ったことですが、開花する際に発熱する植物だそうで、25℃にもなるそうです。
なるほど、だから雪を割って芽生えてくるのかと感心した覚えがあります。

茶色のドームの真ん中に金色に輝く仏さまが鎮座していらっしゃるみたいだと昔の人は思ったのでしょう。それで座禅草。
座禅を組んだ達磨さんだと見た人は達磨草と名付けました。

茶色のドームは専門的には 「仏炎苞 ブツエンホウ」 といいます。
仏像の光背のような火炎のような形だからです。
仏さまに当たる部分は 「肉穂花序 ニクスイカジョ」 といい、これが花です。

尾瀬では水芭蕉のころに座禅草をみかけますが、水芭蕉も座禅草と同じく仏炎苞と肉穂花序を持っています。
水芭蕉の仏炎苞は純白ですから良く目立って人気があります。

最近では水芭蕉によく似た外国生まれの園芸品種が花屋さんで売りに出ています。
何有荘の庭にもいつの間にかカラーが育っていますが、これも同じサトイモ科の仲間です。

里芋の花など見たことはありませんが、仏炎苞と肉穂花序を持っているサトイモ科の野草は田舎には多い。ウラシマソウやマムシグサなど。

それにしても山岳地帯に人知れず咲くザゼンソウがいすみ市に咲くのは不思議です。
きっと誰かさんが植えたものでしょう。
それが湿地帯という場所を得て今年も咲いたのだと思います。

湿地帯って不毛の荒れ地とみなされがちですが、多様な植生を守るためには今や貴重な土地だと言えるのでしょう。


 
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★寒くて乾燥した日のお昼はあったかな麺類

ラーメン狐ソバ
   左:ラーメン                            右:狐ソバ

今朝(2/9)は寒かったですね。6:00amの外気温は-2℃。外房ではめったにない気温です。
もっとも ピョンチャンの会場は--20℃とうわさされていました。
どうやら開会式の今晩は--5℃だとアナウンスされていますから、冬季五輪も何とかなりそうですね。

さて、外房はラーメン激戦区です。
あちこち出かけ味見しましたが、最近はスーパーで売っている袋麺を自宅で賞味することが多い。
左のラーメンの具のうち、チャーシューと味付き卵は自家製です。
冷蔵庫の残った野菜を使って美味しいラーメンができました。
袋麺も最近は多種多様になり、おいしくなりました。
飽きないように違う種類を試すのが楽しみです。安いですし。

右のお蕎麦は地元の知人から頂いた蕎麦を使ったキツネ蕎麦。
知人は余暇を生かして蕎麦道に励んでおり、最近は人気が出てきてうれしい悲鳴だそうです。

退職してパン屋さんを開いた「あん里山」さんと地元のチーズ工房「よじゅえもん」さんが協力して開設した 『蕎麦好楽』 は採算を度外視した、いわば趣味の会です。

その協力会員である知人から「常陸秋蕎麦」の新蕎麦が差し入れされました。
さっそくキツネで頂きました。キツネ用の油揚げなんて最近はスーパーにあるので便利です。

味良く、香り良く、歯ごたえ良く、のど越し良く、庭のユズも散らして、あゝおいしい。
知人は何有荘の味噌作りの生徒さんですから、授業料代わりに蕎麦の差し入れだったと思います。
都会生活をサラバして田舎に暮らしてみると、田舎にはその道の達人がたくさんいて、都会では経験できないことがゴロゴロとがっているなと実感します。

物々交換が普通の世界、多少の損得よりも人間関係の豊かさが優先される地域社会、そんな風習が生きている社会だなんて、幸せな社会だと思います。


 

★立春大吉 2月4日

河津桜
    太東崎灯台への道には河津桜

春夏秋冬の四季を円形の表に示すと、それぞれ90°の扇型になります。
冬から春への境目が節分で、2月4日が「立春」で春が始まります。
ちなみに春のど真ん中が「春分の日3月21日」。春の前半と後半を分ける日です。

1年365日のいつを1年の基準にしても良いのだけれど、立春の日というのが心もウキウキしそうで良い気がします。
中国文化圏の韓国、日本、あるいはベトナムでも春が新年の始まりでした。
ところがカレンダーは月の満ち欠けが基準でしたから、1月1日が立春の日とは一致しないことが普通。

今年の場合、2月4日は旧暦ではまだ師走の19日。新月の日である元旦は2月の16日。
つまり、現代の日本人は年に3回の正月を迎えることになります。
1回目は西暦の1月1日。2回目が立春で2月4日。3回目が旧暦の1月1日(2/16)。

新年が始まれば、今年こそ良い年でありますようにと願いを掛けます。
それが表題の「立春大吉」。新年おめでとうございます--ぐらいの意味でしょうか。
あるお寺では立春前後に「立春大吉」のお札を参詣人に配り、人気だそうです。

ところで、韓国では「立春大吉」には続きがあり、「建陽多慶」と続きます。
温かくなる縁起の良い気候になり、良いことが続くでしょうというような祈りの文言です。
香港で節分の夜、つまり立春前夜の花火大会では、花火に「春」や「吉」の文字が隠されていました。

立春大吉のお札は日本独特の風習というよりも、中国文化を基礎とした東アジア文化圏共通の願掛けだとして良いでしょう。
雪深い地域に住む人々には立春と言われてもピンとこないでしょうが、太陽の周りを公転している地球の軌道のうち、冬から春への節分点を越えたことは確かです。

雪が解けたら何になる?という問いに、「春になる」と答えた小学生がいました。
わたしたちもそんな気持ちで本格的な春の訪れを期待しましょう。
どんなに寒くとも、春がもうそこまで来ていることを河津桜が教えてくれています。
「立春大吉 建陽多慶」--雪も氷も解ければ春になります。
今はじっと我慢。心弾ませてその日を待ちましょう。


 

★今シーズンの初雪、そして快晴・厳寒

雪景色
   庭の景色。積雪3cm

東京は22日(月)昼頃から雪が降り始め、23日(火)明け方にかけて大雪(都内で積雪10cm)となる恐れがあると何日も前からTVは大騒ぎ。
いすみ市の予報では、夜遅くなってから短時間の降雪でしたが、夕方から激しく降り始め、翌朝になったら一面の雪景色でした。

汚い庭も雪化粧で美しく見えます。
年に1度あるかないかの雪ですから、犬じゃなくとも喜びたくなります。
長靴をはいて外に出てみると
犬の足跡、人間の足跡がありました。もう散歩した人がいるのでしょう。
新雪に自分の足跡をつけて歩くのは愉快なことです。

その足跡の中には猫の足跡もあり、鳥の足跡もあり、
そして不愉快な足跡を発見しました。
     足跡

キョンの足跡です。
二本の爪痕がくっきり残っています。
キョンは小型の鹿で、房総の某動物園が閉鎖されるときに、飼育員によって檻から放たれたとウワサされています。
いまや房総で大繁殖して農作物や家庭菜園、庭の花などに大きな被害を与えています。

何有荘近辺では、昨年あたりから夜になると不気味な鳴き声が聞こえるようになりました。
実物は見たことはなかったのですが、足跡が続いていたので間違いなく、近辺にウロウロしています。

さて話題は変わります。
1月末の雪と言えば忠臣蔵が想い出されます。
時は元禄15年12月14日 と語られますが当時は旧暦。
現代の暦に合わせれば、1703年1月 30日未明に大石以下赤穂浪士47人が吉良邸に侵入し、吉良上野介を討ちとった事件です。

旧暦14日はほぼ満月。未明には雪が止み、月が見えたようです。
すると月明かりが雪の庭に反射して吉良邸はかなり明るかった可能性があります。
昔の人は暗がりにも強い目を持っていました。
なにせ月明かりやホタルの光で勉強したという中国の伝説もありますから(蛍雪の功)

話はまた現代に戻って
黒潮大蛇行の影響で発生した南岸低気圧が通り過ぎ去ってしまうと関東地方はあっという間に晴れ渡り、連日の快晴が続いています。
上空に居座った寒冷気団と放射冷却で、氷点下になるすごい寒さが続いています。

すると討ち入りの時には雪がやんでいて月が見えたという設定は必ずしもフィクションとは言えないのかもしれません。(カッコよすぎるシチュエーションですが)
本所の吉良屋敷から高輪の泉岳寺まで日本晴れの中を凱旋行進というのもあり得たなと思った次第です。


 

★梅、開花

梅
   地元の梅の寺として有名な大栄寺に出かけてみました。

昨日は暖かだったですね。南風が流れ込み4月上旬の気温、桜の咲くころの気温だったとか。
晴れて温かい日はなんとなく心も軽くなります。
梅の古木並木のある大栄寺にへ、梅の花を求めて出かけてみました。

三分咲きぐらいでしょうか、枝によっては五分咲きぐらいになっていました。
いすみ市では花見の習慣などないらしく、(梅も桜もあちこちにあるので)
誰もいない境内でした。

苔に覆われた古木の花を見ていると 「主なしとて春な忘れそ」 という道真公の歌が偲ばれます。
東京で宮勤めをしていたころは、休日になると曽我の梅林、青梅の梅林など名だたる梅林に出かけてストレス解消したものです。

「梅」の音読みは「バイ」、訓読みは「うめ」と小学校で習います。
ただし、どちらも本当は音読みで、訓読み、つまり和語はなかったと思います。

アイという発音はエに容易に変換します。
有名なのは「愛媛」。
アイヒメがなぜエヒメなのか、小学生の頃は不思議でしたが、人類の発音はそういうクセがあるらしい。

アイ ai がエ e に置き換わる良い例がNHKの「西郷どん」。
サイゴウ Sai-gou が セゴ Se-go に置き換わっています。

そんな例は枚挙にいとまなく
大根・ダイコン→デーコン。汚い・キタナイ→きたねぇ。入る・ハイル→ヘール。大工・ダイク→デーク。帰る・カエル→ケール。旨い・ウマイ→ウメ―。やばい→ヤベー。大丈夫・ダイジョウブ→デージョーブ。などなど江戸っ子弁にもその傾向があります。

これらはなんとなく理解できますが、ヘが降る、ヘが飛ぶ となると理解しにくい。
それぞれ、灰が降る、蝿が飛ぶのことです。

梅は木偏に毎と書きます。毎はマイと読むのが普通でしょう。
マイがなまるとバイになります。
梅・バイは日本なまりであり、中国語ではマイに近い発音です。
すると、マイは容易にメに変換してしまいます。
メを強調した破裂音としてウが語頭に添えられてウメになったと推測しています。

梅の木は日本列島になかったのですから、ウメという和語・やまと言葉があったはずがありません。
ウメは訓読みのふりをした音読みだと思います。

同様の例が、日本列島には1頭もいなかった馬。
マとバは容易に変換します。
マが強調されてウマ。どちらも音読みが起源でしょう。

もともとは中国からの輸入品であり、高級品だった梅も今ではすっかり日本の風土になじみ
それでもなお昔と変わらぬ美しい花を咲かせ、かぐわしい香りを漂わせています。
「花ぞ昔の香ににおいける」ことにどれほど多くの人々が慰められてきたことでしょうか。