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★春が来た

アンズ
     里山にアンズの花が咲きだした
春蘭 モクレン レンギョウ
   シュンラン        モクレン         レンギョウ
山桜桃梅 シャガ スズラン
   ユスラウメ        シャガ          スズラン

今日のように気温が20℃を超えれば暑くて上着を脱ぎます。
ところが先日の朝は気温が2℃で霜が降りたのです。気温の乱高下に体調も崩れがちです。

今年の春は様々な花が一度に咲いたという印象があります。
例年ならば 梅→モクレン→アンズ→桜の順に花開くのに、今年は梅から桜までわずか2週間であわただしい。うっかりしていると見逃してしまいます。

中学校の英語で現在完了形を初めて習ったのが Spring has come. でした。
春が来た、という表現の単なる過去形との違いを英語の先生が一生懸命教えてくれました。
spring には春という意味のほかに、バネ、泉などがあり、ピョンピョン飛び出す趣旨だとも教えてくれました。
草花が地面からピョンピョン芽を出し、つぼみが次々に花開き、冬眠していた虫やカエルが地面からピョンピョン沸き出してくるのが春、 spring なのだと教えられてへぇ、なるほどと思ったものです。
今年の春は久しぶりに Spring has come. を思い出しました。冬景色からアッという間に桜が満開の春景色になりました。
ついでに早く花粉も収まってほしいものです。

 
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★水仙とギリシャ・ローマ神話の物語

ラッパ水仙
     庭のラッパ水仙があちこちで花盛り

庭のスイセンの花咲く時期は二度あります。11月ごろから正月までのニホンスイセンと3月ごろに大きな花を咲かせるラッパスイセンです。
水仙の種類は多く、30種類の原種とそれからなる1万種以上の園芸品種が出回っているそうで、とてもじゃないが種類と
名前は覚えきれません。

水仙について、古代ローマの詩人オウィディウスが『変身物語』で触れています。(岩波文庫 中村善也訳)
長い文章なので、かいつまんで紹介しましょう。(一部、意訳した部分があります)

川のニンフ(妖精)の息子であるナルキッソスは16歳となり、健康な肉体を持つ美しい若者に育った。
森のニンフたちは男女を問わず、彼と特別な間柄になることを望んで言い寄ったが、「非常な思い上がり」のために「ひとりの若者も、ひとりの娘も彼の心を動かさなかった。
ある日、森の中で仲間とはぐれたナルキッソスの近くにたまたま、森のニンフであるエコーがいた。エコーは一目で恋に落ちたが、彼女には恋心を伝える手段がない。彼女は言葉がしゃべれない。相手の言葉の末尾だけを繰り返すことしかできない。
エコーはかつて、ユピテル(ゼウス)が森のニンフと浮気しているに気づいた妻ユノーが現場に乗り込もうとした時、天賦の才であるおしゃべりで邪魔したことがあった。エコーのおしゃべりに気を取られて夫の現場を取り逃がしてしまったユノーは怒って、彼女の言葉を奪ってしまったのだった。
近くに誰かがいると悟ったナルキッソスは「誰だ」とつぶやくと「誰だ」と答える。「出てこい」と叫ぶと「出てこい」という返事が返ってくる。
エコーは思い余って茂みから飛び出してナルキッソスの首にしがみついた。驚いたナルキッソスは彼女の腕を振りほどき、「誰かの自由になるなら死んだ方がました」と叫んで逃げだした。
残されたエコーは「死んだ方がましだ」とつぶやくほかはなかった。森の奥でひとりひっそりと恥ずかしさと悔しさと怒りに震えながら病んでいった。やがて肉体は消え去り、声だけが残った。
ナルキッソスに拒絶され侮辱されたのはエコーだけではなかった。ある若者は両手を挙げて復讐の女神に「あの若者も恋に落ちるように。そして決して恋の相手が手に入らぬように」と願った。復讐の女神はその願いを受け入れた。
ある日、澄み切った泉を訪れたナルキッソスは、水面に映った少年の姿に呆然とした。あまりにも美しいその少年に一瞬で恋に落ちた。もちろん、その少年は彼自身だったが。
それからというもの、食べることも寝ることも忘れ、その泉から離れることができなくなった。しかし、ナルキッソスもやがて気が付いた。恋焦がれるその相手が、自分自身であると。
決して叶わぬ恋と悟ったナルキッソスは、悲しみのあまりにやせ細り力尽きた。面に映った彼自身に向かって最後の言葉「さようなら」とつぶやいた。そんな彼の姿を声だけになったエコーが見届けていた。「さようなら」とつぶやきながら。
ナルキッソスの姉妹である水のニンフたちは、彼のために髪を切って供え、用意した棺に彼の亡骸を納めようとしたが、彼の体はすっかり消えていた。
そのかわりに、「白い花びらにまわりをとりまかれた、黄色い水仙の花が見つかった。」

この物語が水仙のいわれで、水仙の学名はNarcissus ナルシッサスはナルキッソスのこと。
自己愛がナルシズム。(ナルシシズム)自己愛者がナルシスト(ナルシシスト)。
エコーはもちろん、コダマ(木霊、ヤマビコ)です。

ではナルキッソスが変身した水仙とはどのような水仙か?
あるサイトで、スノードロップのような下向きに咲く白い水仙だというようなことが書いてあったので、それは違うだろうと思って『変身物語』を久しぶりに読み返してみました。
やはり、「白い花びらで黄色い花の水仙」と書かれていました。

水仙は英語でdaffodil ダフォディル 。Wild daffodil ワイルド ダフォディル という場合もあります。
イギリス、ウェールズの国花はTrumpet daffodil トランペット ダファディル ラッパ水仙だそうです。
これは花びらも黄色ですから、ナルキッソスの水仙とは違うようです。
むしろ画像のような白い花びらのラッパ水仙がそれに近いかなと思ったりします。

でもちょっと困ったことがあります。
ラッパ水仙の学名は、Narcissus pseudonarcissus L. ナルキッソス プセウドナルキッソス
種名の頭にある pseudo は辞書を引くと、「偽りの、にせの、まがいの」とあります。
「偽水仙」という名だと、本物の水仙ではないと言うことでしょうか。
ナルキッソスが変身したという水仙はどの種類なのか、いまひとつ確信が持てません。



 

★シュレーゲルアオガエルの卵塊

シュレーゲルアオガエル
      暖かくなると水辺にリング型の卵塊が見つかる

まだオタマジャクシは見かけませんが、カエルの卵塊を水の張られた田んぼなどで見かけるようになりました。
シュレーゲルアオガエルの外見はアマガエルそっくりです。ただ目元が違うので区別がつきます。
春先はあまりはっきりしません。夏になるとはっきり区別できます。
      アマガエルシュレーゲル2
       参考画像元  アマガエルは目尻・目頭が黒い。シュレーゲルは黒くない。

   月夜の田んぼで コロロコロロ
        コロロコロコロ 鳴る笛は
             あれはね あれはね
                  あれは蛙の 銀の笛  ささ 銀の笛

作詞:斎藤信夫 作曲:海沼実 の『銀の笛』ですが、最近はこの童謡を知らない親子も増えたとかで、昭和生まれは時代の差を感じてしまいます。
銀の笛と称された美しい声で鳴くのがシュレーゲルアオガエルです。
ちなみに普通のアマガエルはゲゲゲゲ、グワッグワッ。あまりかわいくありません。

作詞の斎藤は千葉県の出身で、作曲の海沼は戦時中いすみ市に疎開しておりました。
いすみ市は童謡の里を称し、岬町に『里の秋』と『銀の笛』の歌詞と音符を刻んだ石碑が立っており、午後5時になると市内の防災無線からは『里の秋』が流れます。
どちらの楽曲もいすみ市を舞台にしたと考えられています。

幕末、シーボルトが日本の自然・文化を欧州に紹介しました。その時、日本のアマガエルも持ち出したのですが、どうも違う種類が混じっていると感じて研究し、別種と認定したのがシュレーゲルさん。
それで日本でも 「シュレーゲルアオガエル」 が正しい種名となりました。
バタ臭い名前ですが、純粋日本産のカエルです。

関東地方では絶滅の恐れがあり、千葉県でも絶滅危惧種に指定されています。
それでもいすみ市に来れば、銀の笛を聞くことができるでしょう。


 

★小さな春――つくし(土筆)

つくし
   田んぼのあぜ道で

ウグイスも鳴いているし、もう土筆が出ている頃だろうと思って、田んぼのあぜ道を探していたら、案の定、しっかりありました。
うれしいですね。もう確実に春です。彼岸が来週ですから当然といえば当然です。

つくしの別名、つくしんぼう。つくつくし。
春の七草には数えられないけれど、フキノトウと並んで春の代表的な野草。
煮物、つくだ煮、卵とじ、天ぷら…。
調理にはハカマをはずすのが面倒で、手指も汚れるのが難点。

正岡子規は土筆が好きだったようで、いくつもの句を残しています。

   家を出でて土筆摘むのも何年目
   病床を三里離れて土筆取
   つくし煮て飯くふ夜の台所
   つれづれや病床に土筆の袴取る
   ふむまいそ小道にすみれつくつくし

和歌もあります。
   くれなゐの梅ちるなべに故郷(ふるさと)につくしつみにし春し思ほゆ

病床にあった子規はしきりに故郷松山の景色を思い出していたようです。
土筆を見ると、土筆を愛した子規が思い出されます。


 

★春は名のみでも ウグイス来る

ウグイス
    庭のグミの木にウグイスが来た

立春を過ぎれば暦の上では春なのに、まだまだ寒いですね。
寒暖を積み重ねて、ようやく3月6日の啓蟄(けいちつ)になりました。

1年12か月を4つに分けたのが四季。春夏秋冬はそれぞれ3か月。
その1か月を前後15日ずつに二等分すると、全部で24。これを二十四節季といいます。
二十四節季では、立春から始まった「春」の3番目が啓蟄。

「啓」は開くの意味。「蟄」は地中などに閉じこもった虫。
啓蟄と二文字を合わせれば、地中に閉じこもっていた虫どもが這い出して来る時期という意味です。
「蟄」が難しい漢字ですね。江戸時代、武士に対して「閉門蟄居」という罰がありました。
「外出禁止・自宅謹慎」です。部屋から一歩も出てはならぬという厳しい例もありました。

虫どもは凍った地面に閉ざされていたのに、ようやく許されて這い出して来るということでしょう。
ちなみに漢字で蛤(ハマグリ)、蛸(タコ)、蛇(ヘビ)など虫偏がつきます。
古代中国人はどれもみんな虫の仲間だとしていたようです。
ものみな冬眠から目覚めて復活し、春の活気がみなぎり始めるぞ、という雰囲気です。

そのきっかけとなるのが「初雷(ハツカミナリ)」で、その雷鳴で虫どもが目覚めるとされました。
今週は各地で春雷が予報されています。
「余寒いまだ尽きず」の天候ですが、日昇時刻は確実に早まり、啓蟄の次はもう春分です。

何有荘でウグイスの初音を聞いたのは2月22日。
それから天気の良い日には時々ホーホケキョが聞こえます。
寒い日や冷たい雨の日はお休みのようです。

近所の梅の花は満開の時期を過ぎましたが、まだまだ見ごろ。
梅の花にウグイスと称されます。実際には梅の花にはメジロです。

薄緑色をウグイス色というのが間違いの根源。
ウグイス豆、山手線の色などをウグイス色といい、薄緑色というか黄緑色をしています。
本物のウグイスはそんな鮮やかな色ではなく、藪に紛れる保護色の薄汚れた感じの地味な色です。
もっとも江戸の通人は奥ゆかしい色合いだと絶賛したようですが。

画像のようにウグイスはグミの枯枝に止まっています。
蜜を吸いに来たのではなく、啓蟄の頃に動き出す樹木の虫を探しに来たのだと思います。
動物性たんぱく質が欲しいのでしょう。
庭でウグイスを見るのは、早春の季節だけです。

ウグイスの姿を見るのは難しく、藪の中に隠れています。
温かくなり、初夏になると何有荘近辺はウグイスのさえずりがうるさいほどになります。
東京の知人が来て、「あれはテープの音ですか?」と尋ねられたことがありました。
それほど身近にさえずりを聴いても、その姿はやぶの中で、その姿を観察するのは難しい。

そんなウグイスが庭に来てくれるのはうれしいことです。
春になったなと実感します。