★バジルソース作り

バジル
             左=バジル    右=ハイビスカス

バジルの葉が使い切れなかったら バジルソースにして保存します。
ジェノベーゼなんていうしゃれた名前がありますが、バジルソースがわかりやすい。
ピザやパスタに使います。魚や肉のソテーやフライにも使います。

【材料】 ①バジル 35g  ②にんにく大1片  ③松の実 50g  ④エキストラバージンオイル 100cc
     ⑤塩 小匙1/2
   ※最低限、バジルの葉と塩、オリーブオイルだけで良いのだけれど、
    コクや深みを出すためにニンニクや松の実を加えてあります。
    塩を塩コショウに変えたり、松の実の代わりにパルメザンチーズを使っても良いでしょう。

【作り方】
  1.バジルの葉はできるだけ細かく(適当に)刻みます。
  2.すべてをミキサーに入れて攪拌粉砕すれば出来上がり。
  3.熱湯消毒したビンに詰めて冷蔵庫保管。
  4.あるいはジップロックに薄く延ばして入れて冷凍庫保管。適当に割って使います。

バジルはけっこう育てるのに神経を使います。虫がつきます。
おいしい野菜は虫にとってもおいしいのかもしれません。
土壌に問題があり、株の成長がゆがみ、弱っているのかもしれません。
弱みを抱えている植物には猛烈に虫がつくことは確かです。

それで鉢植えにして室内でこの株は育てました。
葉の具合など毎日点検していますから順調に育ちました。
葉を順に使っていても使い切れません。

主にピザに使いますが、マルゲリータなんてバジルが黒くなって涙です。
葉を包丁で切るから黒くなるとか、水気があると黒くなるなどと言われていますがわからない。
バジルソースにすれば少しはマシ。緑が保たれるでしょう。
ちょっとカッコイイしね。
作ってみるに値します。
       バジルソース バジルソース



 
 
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★ジャコウアゲハの幼虫

ジャコウ幼虫
   ウマノスズクサ(馬の鈴草)だけを食べる

ジャコウアゲハとはアゲハの仲間で、オスがジャコウの香りを放つことが命名の由来ですが、そんな香りは嗅いだことがありません。
クロアゲハに似たすっきりした姿のアゲハです。

ジャコウアゲハはウマノスズクサというツル性の雑草だけしか食べません。
この雑草にはアリストロキア酸という毒があり、ジャコウアゲハはこれを食べても死にません。
毒と共存する特殊な身体を獲得し、幼虫も成虫もその毒を体内に貯めているので、天敵も寄り付かないといいます。

アゲハモドキという蛾がいます。ジャコウアゲハにそっくりな姿がその名前の由来です。
ジャコウアゲハそっくりに擬態すれば天敵に狙われないと進化したちゃっかり者の蛾です。

ところが神様の采配は微妙です。
アリストロキア酸に強い寄生蜂やクモが少数ながら天敵として存在します。
ウノノスズクサしか食べないので、その草がなければ飢え死にです。
雑草刈りで刈られることが多く、各地でウマノスズクサは激減しています。
かなり食欲旺盛で、その1株に多数の幼虫がいると葉不足から共食いを始めます。
その株が小さければ、結局だれも生き延びることはできません。

画像の幼虫は某所の小さなウマノスズクサに産み付けられていた卵を何有荘のウマノスズクサに移したものが、大きく育ったものです。
二匹いたはずなのに一匹しか見当たりません。
食草があれば無事育つというのでもなさそうです。
この一匹はなんとか美しい蝶に大変身してもらいたいものだと応援しています。

*****

いすみ市役所での展示『いすみ市の戦争遺跡』が新聞に載りました。
     千葉日報87 001     IMG.jpg
    千葉日報・県南版(8月7日)       朝日新聞・千葉版(8月9日)

今は平和な景色が広がるいすみ市も72年前は本土防衛の最前線でした。
わたしたちの展示によって、昔を知る人々が戦時中の苦労を語りだすきっかけになれば良いなと思っています。
その苦しみ、悲しみ、怒りがあったからこそ戦後の平和が続いてきました。
その思いを語り継ぐ時代になりました。


 


 
 

★黄色くなったゴーヤは捨てないで

ゴーヤ1
    真っ赤なルビーのような種

この真っ赤なゼリー状の部分はとても甘くて、小型のガラスの器などに入れて出せば、ちょっとしゃれたデザートです。
もちろん中の種はたべられません。
洗って乾かして保存しておけば、来年、芽を出すかもしれません。

黄色くなった果肉は生食できます。もう苦みがほんの少ししか残っていません。
だから、スライスして野菜サラダの彩りに添えることができます。
まだ黄色くなりかけで、しっかりした体型を持っているならば数分間ゆでた方が良いでしょう。

ゆでたゴーヤのスライスをマヨネーズで食べても、ポン酢で食べてもお好みです。
ジャムにするという方もいるようです。

一番簡単な使い道はジュースです。
画像は黄色いゴーヤとバナナ、それをりんごジュースで割ったものです。
        ゴーヤジュース

ゴーヤのストレートは飲んだことがありません。
合わせるのは、バナナ、りんご、桃、パイナップルなど何でもOK。
牛乳で割ったり、飲むヨーグルトで割ったりするのもお好みです。

黄色くなったゴーヤをこのまま放置すると、パックリ実が割れて中の真っ赤な種が見えて、何やら不気味な雰囲気です。
やがてボトッっと落ちてアリが群がります。
しかし、これが正常なゴーヤの一生です。
芽が出て花が咲き、実ができたら熟れて種を落して一生を終えます。

私たちが利用するゴーヤはまだ未熟な果実で、だからこそ青くて苦みがあります。
果実をねらう鳥たちに、苦いぞと信号を送り、未熟な種子を守ります。

種子が熟すと、おいしそうだろうと色で野鳥を誘い、食べてみれば苦くなく、ついでに種まで飲み込んで、その種は真っ赤なゼリー質に包まれているので飲み込みやすい。そして糞と一緒にどこかに排泄してもらえば、ゴーヤの子孫繁栄が保証されるという段取りです。

もっとも食材としてのゴーヤは苦みが身上ですから、黄色くなる前の青いゴーヤが一番良い。
ビタミンCも青い方がずっと多い。
黄色くなる前に採集しましょう。


 
 

★ブルーベリーのジャム作り 活力鍋で

ブルーベリージャム

知人からブルーベリーをたくさん頂きました。
知人は知り合いの方の庭で大量に収穫したそうで、そのおすそ分けだと言っていました。
軸をとり、きれいに洗っての差し入れなので恐縮しました。

【材料】  ①ブルーベリー1120g  ②三温糖450g  ③レモン1個

【作り方】
 1.ブルーベリーと三温糖それにレモン果汁を活力鍋に入れ1時間放置。
   長時間放置すればするほど果汁がにじみ出てくる。
   急ぐ時は、時をおかずに軽くかき混ぜるだけでも良い。
 2.活力鍋で強火。オモリが触れだしたら、軽く触れる程度の加熱で2分。自然冷却。
   普通の圧力鍋ならば10分程度だろうか。
   ブルーベリーの皮はけっこう強いので、煮崩す感じの加熱が必要。
 3.フタを開けると果汁が驚くほど出ている。これを中火でアクをとりながら煮詰める。
   焦げ付かぬよう気を遣いながらのこの作業が一番面倒。
 4.熱湯消毒したビンに詰めて出来上がり。

普段は電子レンジでチャカチカャッとジャムを作ります。アク取りも煮詰めるのも電子レンジの方がずっと簡単です。
が、今回はブルーベリーの量が1kgを越えています。そんな大きな耐熱ボールを持っていないので活力鍋で作りました。

アサヒ軽金属の活力鍋は普通の圧力鍋よりも圧が高いので、加熱時間が少なくて済みます。
その分高価ですが、メンテもしっかりしており、使い捨ての調理器具ではありません。

さて瓶詰が5個できました。
これに手作りシールを貼って冷凍庫保管です。
これだけあれば1年分ですが、友人知人に分けたりすると喜ばれます。
けっきょく、お土産用のジャム作りみたいなものです。

いすみ市はブルーベリーの産地でもあり、ブルーベリーを育てている方は多い。
何有荘でも育てていましたが、手入れが悪くて枯れてしまいました。
最近は購入するか、頂き物か、不自由しないのはうれしいことです。
産地のそばで暮らすというのはいいことです。

****

暑いですねぇ…。室温31℃、外気温35℃。何もやる気がしません。
調べてみたら昨年も今日は猛暑日でした。
すでに8月7日の立秋は過ぎたのに、地獄のような残暑です。

72年前、一瞬の閃光とともにこの世に、まさに地獄が出現しました。
“正義の爆弾”は72年後の今年、ようやく人類と共存不可能と国際的に認定されました。
日本政府がその先頭に立って世界の平和を実現することを望みます。



 

★戦争末期、人間魚雷“回天”基地が大原にもあった。

人間魚雷回天断面図
     回天断面図 魚雷に乗り込み敵艦に突入する兵器

東京芸術座が8月15日から 『父を騙(ダマ)す 72年目の遺言』 を上演するといくつかの新聞で取り上げられていました。
認知症になりかけた父を騙して施設に入れようとする家族に対し、すべてを忘れ去る前にこれだけは語り残したいと、父が語り始めたことが人間魚雷“回天” です。

それとは別に2年前の8月15日にあるブログで、「18歳 回天特攻隊員の遺書」が掲載されました。

―――

お母さん、
私は後3時間で祖国のために散っていきます。  


胸は日本晴れ。 
本当ですよお母さん。
少しも怖くない。  

しかしね、
時間があったので考えてみましたら、
少し寂しくなってきました。

それは、
今日私が戦死する、通知が届く。 
お父さんは男だからわかっていただけると思います。  


が、お母さん。 

お母さんは女だから、
優しいから、
涙が出るのでありませんか。

弟や妹たちも
兄ちゃんが死んだといって
寂しく思うでしょうね。
 

お母さん。

こんなことを考えてみましたら、
私も人の子。やはり寂しい。

しかしお母さん。
考えて見てください。 
 
今日私が、
特攻隊で行かなければ、
どうなると思いますか。  

戦争は
この日本本土まで迫って、
この世の中で一番好きだった母さんが死なれるから私が行くのですよ。


母さん

今日私が特攻隊で行かなければ、
年をとられたお父さんまで、
銃をとるようになりますよ。


だからね、お母さん。  


今日私が戦死したからといって
どうか涙だけは耐えてくださいね。

でもやっぱりだめだろうな。 
お母さんは優しい人だから。  


お母さん、

私はどんな敵だって怖くはありません。


私が一番怖いのは、
母さんの涙です。

―――

わたしが住むいすみ市の大原にも漁港に隣接して巨大な地下回天基地が建設されました。
回天が格納され、港内にレールで引き出されるための開口部が一つだけ残っています。
大原回天跡地

幸いなことにと言って良いのかどうか、特殊魚雷回天を載せた輸送船が大原に向かう途中で米軍の攻撃を受けたのか、敷設された機雷に触れたのか沈没しました。

大原で待機していた特攻隊員は不完全燃焼のまま終戦を迎えました。
わたしの叔父(93歳)も予科練崩れで、戦後はいろいろあったようです。
今は、戦争なんかない方が良い、平和が一番だよと言っているのは遺言のようなものだと心して聞いています。